この記事は、複数の補助金・助成金を同じ年度に申請しようとしている福祉法人の経営者・管理者・事務担当に向けて、「併用できるか」を可否の一言で判断せず、実務の手順として確認していく方法を整理したものです。
設備投資、ICT導入、人材育成——福祉の現場では、ひとつの取り組みが複数の支援制度の対象になり得ます。そこで必ず出てくるのが「A制度とB制度は併用できますか」という問いです。しかしこの問いの立て方自体が、実務上はうまくいきません。制度ごとに交付要綱・公募要領の定めが違い、同じ制度でも年度や事業場の状況によって扱いが変わるためです。判断すべきは「制度同士の相性」ではなく、どの経費に、どの制度の資金を、いくら充てるのかという配分の設計です。
1. 出発点は「同一経費への重複充当は認められない」という原則
国の補助金の基本ルールを定める補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律(補助金適正化法)は、その目的を「補助金等の交付の不正な申請及び補助金等の不正な使用の防止その他補助金等に係る予算の執行並びに補助金等の交付の決定の適正化を図ること」と定めています。また第11条は、補助事業者は「法令の定並びに補助金等の交付の決定の内容及びこれに附した条件」に従い、善良な管理者の注意をもって補助事業を行わなければならず、補助金等の他の用途への使用をしてはならないとしています(出典: e-Gov法令検索、2026年8月時点)。
つまり、交付を受けた資金は交付決定の内容に沿って使う義務があります。ひとつの支出に対して二つの制度から助成を受け、実質的に自己負担がゼロを下回るような状態は、この原則と整合しません。実際、厚生労働省の業務改善助成金の交付要領には、助成対象経費に関して「業務改善助成金は設備投資等の費用の一部を助成するものであることから、国又は地方公共団体から同様の事由で補助金等の交付を受けていた場合は、併給調整の対象となる場合がある」との記載があります(出典: 厚生労働省「業務改善助成金 交付要領」令和8年度申請分、2026年8月時点)。
ここで重要なのは、この記載が「併用禁止」ではなく「併給調整の対象となる場合がある」と書かれている点です。制度をまたいで一律に可否が決まるのではなく、経費の中身と受給状況に応じて個別に調整される、という構造を示しています。だからこそ、次に述べる「経費の切り分け」が実務の中心作業になります。
2. 制度単位ではなく経費単位に分解する
検討の単位を「制度」から「経費」に切り替えます。たとえばICT機器の導入なら、機器本体、ソフトウェアのライセンス、初期設定・導入支援の費用、通信環境の工事費、職員向け研修費——といったように、見積書の明細レベルまで分解します。そのうえで、それぞれの経費が各制度の補助対象経費に該当するかを、公募要領の「補助対象経費」の項と照らして一つずつ判定していきます。
この作業をすると、多くの場合「両方の制度の対象になり得る経費」は一部にとどまり、残りはどちらか一方だけの対象、あるいはどちらの対象でもない自己負担、という形に分かれます。重なった部分だけが調整の論点になるので、検討は一気に具体的になります。公募要領のどこを読むかについては公募要領の読み方|必須要件と加点項目の見分け方も併せて確認してください。
3. 交付要綱の「他制度併用」に関する条項の読み方
経費の切り分けができたら、各制度の交付要綱・公募要領に戻って、他制度との関係を定めた条項を探します。表現は制度によってさまざまで、見出しが「併用」となっているとは限りません。次のような語句を手がかりに探すと見つけやすくなります。
探すべきキーワード
- 併給調整/重複受給/二重取得
- 他の国庫補助金等の交付を受けている場合
- 同一の事業・同一の経費について
- 補助対象経費から除外するもの
- 交付決定の条件(附帯条件)
読むときは、その条項が何を単位に禁止・調整しているのかに注目します。「同一の経費」を単位にしているのか、「同一の事業」を単位にしているのか、「同一の事業場・同一年度」を単位にしているのかで、実務上の設計が大きく変わるためです。経費単位であれば切り分けで整理できますが、事業単位で制限がかかる場合は、そもそも申請先を一つに絞る判断が必要になります。
あわせて、スケジュール面の条件も見落とせません。多くの制度は交付決定前に発注・契約した経費を対象外としています。二つの制度に申請すると決定時期がずれるため、片方に合わせて発注するともう片方の要件を外す、という事故が起きます。詳しくは交付決定前に発注できない理由|実務の注意点5つを確認してください。
4. 事務局への照会は「設計案を持って」行う
要綱を読んでも判断がつかない部分は必ず残ります。ここで自己判断せず、所管の事務局・労働局・自治体窓口に照会します。ただし「A制度とB制度は併用できますか」という漠然とした聞き方では、一般論しか返ってきません。
照会時に用意しておくもの
- 見積書の明細(どの経費がいくらか)
- 経費ごとの割り当て案(この経費は御制度に、この経費は別制度に、この経費は自己負担、という一覧)
- もう一方の制度の名称と申請予定時期(自治体の事業であれば正式名称と実施主体)
- 想定している交付決定・発注・支払のスケジュール
この形で聞くと、「その割り当てなら差し支えない」「この経費は当方の対象外なので他制度で」といった、実務に使える回答が得られます。両方の制度に同じ内容で照会し、双方の回答が矛盾しないことを確認するのが要点です。
記録の残し方
照会の結果は必ず記録します。可能ならメールなど文字が残る方法で問い合わせ、回答も文面で受け取ります。電話しか手段がない場合は、日時・窓口名・担当者名・質問内容・回答内容を記した記録を作り、法人内で保管します。制度の担当者が交代しても、検査や実績報告の際に「どのような前提で経理処理したか」を説明できる状態にしておくためです。
5. 会計処理では制度ごとに区分して管理する
申請段階の設計は、会計処理まで一貫していて初めて説明可能になります。実務では次の点を押さえます。
- 請求書・見積書を制度ごとに分ける。1枚に複数制度の対象経費が混在すると、内訳の説明に手間がかかります。発注段階で分割できないか業者と相談します。
- 支払の証跡を経費単位でたどれるようにする。振込控と請求書明細、納品書が対応するよう整理します。
- 補助金収入を制度別に区分計上する。社会福祉法人であれば、拠点区分・サービス区分の考え方と整合させ、どの補助金がどの支出に対応するかを台帳で管理します。
- 財産管理台帳を整える。取得財産に処分制限が付く制度では、どの制度の資金で取得した財産かが後年まで問われます。
証拠書類の揃え方の全体像は補助事業の実績報告|証拠書類を整える5手順にまとめています。
制度名を確認するときの注意
制度は名称も内容も変わります。たとえば、従来「IT導入補助金」と呼ばれていた事業は、公式サイト上では「デジタル化・AI導入補助金2026」として案内されています(出典: デジタル化・AI導入補助金2026 公式サイト、2026年8月時点)。過去の資料や他サイトの記事を根拠に検討を進めると、要件が変わっていることに気づけません。申請前には必ず、その年度の公募要領・交付要綱の原本を公式サイトから入手して確認してください。本記事の内容も、特定の制度の併用可否を保証するものではありません。
よくある質問
Q1. 同じ機器の購入費に、国の補助金と自治体の補助金の両方を充てられますか。
同一の経費に複数制度の資金を重ねて充てることは、一般に想定されていません。業務改善助成金の交付要領でも、国又は地方公共団体から同様の事由で補助金等の交付を受けていた場合は併給調整の対象となる場合があると記載されています(出典: 厚生労働省、2026年8月時点)。実務としては、経費を切り分けてどちらか一方に割り当てたうえで、双方の事務局に割り当て案を示して確認する手順を取ってください。
Q2. 事務局に電話で「問題ない」と言われれば、それで進めて大丈夫でしょうか。
口頭回答のみで進めるのは避けてください。実績報告や検査の場面で根拠を示せないと、判断の責任が法人側に残ります。可能な限りメール等で照会し、記録が残らない場合は日時・窓口・担当者名・質問と回答を記した内部記録を作成して保管してください。
Q3. 二つの制度に同時に申請すること自体が問題になりますか。
申請の可否や、他制度への申請状況の申告義務は制度ごとに定めが異なります。申請書に「他の補助金等の申請・受給状況」の記入欄が設けられていることも多く、その場合は正確に記載する必要があります。未記載や事実と異なる記載は不正受給の問題につながりかねません。各制度の交付要綱・公募要領の該当箇所を確認し、不明点は申請前に事務局へ照会してください。
まとめ
複数制度の併用は、「できる/できない」の二択で答えが出るテーマではありません。①同一経費への重複充当は原則として認められないという出発点を押さえ、②見積明細まで経費を分解し、③各制度の要綱で併用・併給調整の条項と単位を確認し、④割り当て案を持って事務局に照会し記録を残し、⑤会計と証拠書類で制度別に区分する。この5段階を順に踏むことが、後から説明できる申請と経理につながります。制度の内容は年度ごとに変わるため、申請前には必ず最新の公募要領・交付要綱をご確認ください。
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