介護福祉士という国家資格を持つ職員が、介護現場で深刻に不足しています。
厚生労働省によると、2026年度には約240万人の介護職員全体が必要な一方で、その中でも専門性が求められる介護福祉士の配置率は全国平均でわずか約30%。
特に新加算(経験・技能のある介護職員)では介護福祉士30%以上の配置が要件となったため、資格者への需要が急速に高まっており、採用競争が激化しています。
この記事では、事業所の経営者・管理職向けに、「なぜ介護福祉士が足りないのか」という構造的な問題を明確にしたうえで、限られた予算と時間で福祉士人材を確保・育成するための実践的な5つの戦略を紹介します。
介護福祉士の需給ギャップが深刻化する背景
全体人数不足のさらに上に「資格者不足」という二重構造
介護業界全体では約25万人の人手不足(2026年度)が見込まれていますが、実は「介護職員全体」と「介護福祉士」では、問題の性質が異なります。
介護職員全体は、初任者研修修了者や無資格者でも従事できるため、採用対象者の層が厚いです。一方、介護福祉士は国家資格取得者に限定され、養成ルートや試験合格というハードルがあり、供給が極めて限定的な状況にあります。
令和2年度の調査によると、介護職員全体の約30%が介護福祉士資格保有者です。つまり、10人体制の施設では平均3人しか福祉士がいない状況であり、これが職場の質と安定性を左右する最大の課題となっています。
介護福祉士試験の受験者数が減少している
介護福祉士の不足を招いている要因の一つが、受験者数の減少です。以下の複合的な要因が関わっています。
実務者研修の負担:
2029年の試験義務化に向けて、実務経験ルートの受験者は実務者研修(約450時間)の修了が必須です。この研修には数十万円の費用と数ヶ月の時間がかかり、仕事と両立させることが難しいため、受験を諦める職員が多く存在します。
合格率の相対的低さ:
近年の介護福祉士試験の合格率は約70~75%で、一見すると高いように見えますが、実は全科目(11科目)で最低1問以上の正答が必須という厳しい要件があります。特定科目での0点が不合格につながるため、仕事と勉強を両立させる職員にとっては、合格ハードルが高く感じられます。
資格取得支援制度の周知不足:
国の介護福祉士修学資金貸付制度(養成施設通学時月5万円、入学時と卒業時各20万円、5年勤務で返還免除)は、なお認知度が低く、活用率は18.5%程度にとどまっています。実に65.4%の施設・事業所が職員にこの制度を周知していないため、本来受験を目指せる職員も支援を受けられないまま埋没しています。
給与と資格手当の現状:
介護福祉士の給与は無資格者より月額約6万円高いとされていますが、実際には資格手当が月1~2万円程度の施設も多く、長年の研修費用と時間投資に見合わないと判断する職員が増えています。
勤続年数が短く、資格取得前に離職する構造
介護職の平均勤続年数は約6年で、介護福祉士資格取得の受験資格要件(実務経験3年以上)を満たす前に離職する職員が多数存在します。特に20~30代の若年層は、他業種への転職を視野に入れながら働いており、3年間の実務経験を積む間に別の仕事へ転職してしまうケースが顕著です。
この結果、施設は「育成コストをかけた職員が受験前に去る」という悪循環に陥り、資格者の確保がますます困難になっています。
介護福祉士が足りないことで生じる問題
新加算要件の未達成による経営悪化
2024年度の介護報酬改定では、処遇改善加算が刷新され、最高の「新加算I」を取得するには、介護福祉士を事業所内で30%以上配置することが要件となりました。
加算率は訪問介護で24.5%と、これまでの3加算合計(22.4%)より2.1ポイント高まっています。つまり、福祉士配置が不足している施設は、加算を取得できずに経営を圧迫されるという直結的な影響を受けています。
実際、福祉士配置が20%程度にとどまる施設では、加算を下げざるを得ず、月額売上で数十万円以上の減収に陥っている事例も報告されています。
サービス質の低下と利用者安全の危機
介護福祉士は、他の職員への技術指導、ケアプラン立案への関与、リーダーシップなど、施設の質を支える中核的な役割を担っています。福祉士が不足すると、以下の問題が生じます。
ケアの専門性低下:
無資格者や初任者研修修了者だけで対応した場合、利用者個人のニーズに応じた「適切な介護判断」が困難になり、機械的で不十分なケアが常態化します。
安全性の低下:
複雑な身体条件(褥瘡予防、嚥下困難、認知症行動管理など)に対応する職員がいなくなると、転倒や誤嚥などの事故リスクが高まります。
新人育成の機能不全:
福祉士は経験に基づいた後進職員への教育を担当しており、この層が不足すると、新入職員が組織的な育成を受けられず、その結果早期離職が多発します。
職員のモチベーション低下と組織の求心力喪失
福祉士がいない職場では、職員のキャリアパスが見えにくくなり、長期勤続への動機付けが失われます。「ずっとここで働きたい」と思える環境を作るには、上位職(介護福祉士、主任介護福祉士)へのステップアップが可能であることが重要です。
福祉士配置が低い施設では、このステップが現実的でなくなり、有望な人材ほど他施設への転職を検討するようになります。
介護福祉士不足を解決する5つの採用・育成戦略
戦略1:既存職員の資格取得支援を最優先化【期間:初年度】
最も効率的で費用対効果の高い方法は、現在働いている職員を福祉士に育成することです。
修学資金貸付制度の完全周知と活用:
国の修学資金貸付制度を、全職員に説明会を開いて周知します。特に、実務経験3年前後の職員層に対して、「あと数ヶ月で受験資格を得られる」というタイミング通知が効果的です。
施設独自の受験費用補助制度:
受験料(約3万円)、実務者研修受講料(10~30万円程度)、参考書購入費などを施設が補助することで、職員の挑戦ハードルを大幅に下げられます。年3~5人の職員に計100万円程度の投資で、福祉士を3~5人増やせるなら、新規採用(育成費含め50~100万円/人)より遥かに効率的です。
勉強時間の確保支援:
試験合格に必要な勉強時間は約250時間と言われています。勤務シフトの調整により、週に3~4時間の勉強時間を確保できる環境を整備することで、合格率が大きく向上します。
学習コミュニティの形成:
同じ試験を目指す職員同士が学習グループを作ることで、モチベーション維持と情報共有が可能になります。施設が小さな通信講座補助(月5,000~10,000円程度)を提供するだけで、職員の学習効率が2倍以上向上する事例も報告されています。
合格後の処遇改善の明示:
合格時に給与+月2万円の資格手当、役職(ユニットリーダーなど)への登用、研修機会の拡大などを事前に明示することで、受験への動機付けが強まります。
戦略2:未経験者向けの段階的育成パスの設計【期間:2年~3年】
介護職未経験者を採用し、3~5年かけて福祉士に育成するというアプローチも有効です。
初任者研修のオン・ザ・ジョブ取得:
無資格新入職員に対して、初任者研修(約130時間)を施設負担で受講させることで、基礎資格を備えた人材への転換が可能になります。費用は8~15万円程度で、その後の実務者研修や福祉士試験へのステップアップが現実的になります。
実務者研修までの時系列管理:
入職1年目を初任者研修、2~3年目で実務経験を積み、3年目の後半に実務者研修を受講、4年目で福祉士試験受験という「明確なロードマップ」を示すことで、職員のモチベーション維持が可能です。
メンター制度の導入:
福祉士資格を持つ先輩職員をメンターとして配置し、単なる業務指導ではなく、「福祉士を目指す学習支援」まで含めた育成を行うことで、職員の適応と定着が大幅に向上します。メンター手当(月5,000~10,000円)の投資は、早期離職防止コスト(採用・研修やり直し費)と比較すると、極めて効率的です。
具体例:
ある介護老人保健施設では、初任者研修修了者を月15万円で採用し、3年で福祉士を3人輩出しました。一人あたりの育成総コスト(給与・研修費合計)は約650万円でしたが、新規採用による育成(約800万円)と比較すると、150万円のコスト削減になりました。
戦略3:処遇改善加算を活用した資格手当の大幅引き上げ【実施:直ちに】
新加算では、介護福祉士への処遇改善がより明示的に求められています。これを活用して、給与・手当を大幅に改善することで、外部からの福祉士採用の競争力を強化できます。
資格手当の構造化:
従来の月1~2万円の手当ではなく、月5万~8万円の処遇改善加算加算分を福祉士に優先配分することで、市場価値を高めます。特定処遇改善加算(勤続10年以上の福祉士に月8万円以上)との組み合わせで、月10万円以上の給与差を実現している施設も存在します。
加算申請書の職員周知:
2024年度改定で、加算申請時に「介護福祉士の配置状況」や「処遇改善の計画」を厚生労働省に提出することになりました。この内容を職員に分かりやすく説明することで、「うちの施設は福祉士を重視している」というメッセージが伝わり、採用応募の質が向上します。
戦略4:外国人介護福祉士候補者の受け入れ体制整備【期間:6~12ヶ月準備】
2025年度から、外国人材の受け入れルートがさらに拡大されました。日本で働きながら福祉士資格を取得する候補者の確保は、人手不足解決の重要な選択肢です。
特定技能「介護」での受け入れ:
特定技能資格を持つ外国人を採用し、日本で3年以上勤務しながら福祉士試験に挑戦できます。費用は月給+日本語研修費(月1~2万円程度)で、3~5年後には確実に福祉士資格者となります。
EPA(経済連携協定)ルートの活用:
インドネシア、フィリピン、ベトナムとの協定により、来日前の選考から日本語研修、試験支援まで国がサポートします。初期投資は大きいものの、長期勤続が期待でき、送出国との信頼構築にもつながります。
受け入れ体制の整備:
言語研修、文化的配慮、相談窓口整備、日本人職員の「異文化理解研修」などが必須です。登録支援機関(有料)を活用することで、複雑な手続きを専門家に委託できます。
具体例:
特定技能で受け入れた外国人候補者3名が3年勤務後に福祉士試験に全員合格した施設では、総投資コスト(賃金+研修)約900万円で、確実な福祉士3人確保が実現しました。
戦略5:地域・業界連携による人材ネットワーク構築【継続的】
単独の施設では供給できない福祉士人材を、地域全体での協働で解決するアプローチも有効です。
地域福祉人材センターの活用:
都道府県福祉人材センターが行う「無料職業紹介」「福祉士試験対策講座」「研修会」などを、施設職員に紹介・参加させることで、地域全体での人材育成機能を活用できます。
業界団体での資格取得支援制度の検討:
複数施設で共同出資し、実務者研修施設の運営や合同勉強会を開催することで、参加施設全体での福祉士供給を促進できます。
転職者向けの積極的な採用戦略:
他業種から介護職へ転職した人材の中には、既に社会人基礎力が備わっており、比較的短期間で福祉士資格を取得できる人も多くいます。ハローワークやキャリアチェンジ支援制度を活用した採用が有効です。
よくある質問(FAQ)
Q1:資格取得支援をしても、合格後に他施設へ転職されるリスクはありませんか?
A:リスクは存在しますが、以下の対策で軽減できます。合格時に役職昇進や給与大幅引き上げを実行する、キャリアパスを明確にする、良好な人間関係を維持する、という3点で、定着率は85%以上に向上します。むしろ、育成支援がない施設の方が、優秀な人材は流出しやすい傾向にあります。
Q2:小規模施設では経営的に福祉士配置が困難です。現実的な対策は?
A:新加算の最高級を目指さず、次段階の「新加算II」(基準加算率)での経営を検討することが現実的です。同時に、地域福祉人材センターや業界団体との連携で、複数施設共同の研修制度を利用することで、コスト削減と人材確保の両立が可能です。
Q3:外国人材受け入れの言語面でのリスクをどう軽減するか?
A:初期段階では、母語が日本語に近い国(ベトナム)からの受け入れを優先し、確実な日本語研修を実施することが重要です。また、受け入れ初期(最初の3~6ヶ月)は、優秀な日本人メンターを配置し、密度濃いサポートを実施することで、言語の壁は乗り越えられます。
Q4:介護福祉士試験の合格率が低い職員への対応は?
A:1~2回の落選後、個別面談で受験継続の意思確認と、原因分析(得点ゼロ科目の把握、学習方法の見直し)を行うことが重要です。通信講座や予備校の活用も、施設が補助することで、再挑戦への動機付けが高まります。
Q5:新加算要件(福祉士30%配置)への対応タイムラインはどうするべきか?
A:既に2024年度から新加算が導入されているため、現時点での配置状況を把握し、向こう1~2年での達成目標を明確にすることが重要です。毎年1~2名の福祉士育成により、3~5年で30%配置を実現する施設が多くあります。
まとめ
介護福祉士が不足している根本的な理由は、試験受験のハードル(時間・費用・難度)と、取得後の給与・待遇が見合わないことにあります。この構造的な課題を解決するには、個々の施設が「既存職員育成」「新規未経験者の段階的育成」「外国人材受け入れ」を組み合わせた多角戦略を実装することが不可欠です。
特に2024年度改定で新加算要件が「福祉士30%以上配置」となったことで、資格者への需要が急速に高まり、採用競争が激化しています。「今から対策を始める」という施設が、3~5年後には安定的に福祉士を配置でき、加算も確実に取得できるようになる一方で、対応が遅れた施設は、経営的な圧迫と人材離職の悪循環に陥る可能性が高いです。
今月からできる最初のアクション:
既存職員に修学資金貸付制度を周知し、実務経験3年前後の職員に「あと1~2年で受験資格が得られる」ことを伝える。その上で、施設の受験費用補助額を決定し、職員の挑戦を後押しすること。この一歩が、安定的な福祉士確保への第一歩です。
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