介護不足は、単なる「人が足りない」という労働力の問題ではありません。2025年に約32万人の職員不足が予測される中、実は介護業界全体、個別施設、現場職員の3つの層で、異なる形の「不足」が同時に発生しています。
この複合的な不足に対応するには、構造的問題への認識、経営判断、現場改革の3つを並行して進める必要があります。 本記事では、介護不足の本質を多角的に分析し、業界・施設・現場の各段階で実装可能な対応戦略を解説します。この記事を読むことで、介護不足という社会課題の中で、施設として何ができるのか、実行可能な道筋が明確になります。
介護不足の3層構造と現実
層1:社会全体における「構造的な不足」
介護不足の最大の原因は、高齢化と少子化による労働人口の減少です。2025年には団塊世代が全員75歳以上の後期高齢者となり、要介護者は急増する一方で、働き手は減少します。
厚生労働省の推計では、以下の通りです:
- 2025年:約32万人不足(必要243万人に対し211万人)
- 2040年:約57万人不足(必要272万人に対し215万人)
この差は「個別施設の採用努力」では解決不可能な構造的課題です。業界全体で、年間5万人規模の新規人材確保が求められています。
同時に、介護職員の高齢化も進行しており、訪問介護では60歳以上が約3割を占めています。つまり、「働き手が減っている」だけでなく、「現職員の年齢構成が高まっている」という二重構造の不足が発生しているのです。
層2:個別施設における「採用・定着の不足」
社会全体の構造的不足に加え、個別施設では採用と定着の両面で課題を抱えています。
採用面の課題: 有効求人倍率が全業種平均1.27倍に対し、介護職は3.88倍。競争が激化する中、都市部では4倍以上に達しています。介護労働安定センターの調査では、90%の施設が「採用困難」と答えており、その理由は①競争(同業他社との奪い合い57.9%)、②条件(労働環境が良くない52%)、③認識(業界イメージが低い40.9%)です。
定着面の課題: 介護職員の年間離職率は13.6%、訪問介護員は11.8%に達しています。離職理由の最多は「職場の人間関係」(27.5%)、次に「給与・待遇」「仕事の過酷さ」が続きます。つまり、「採用できても辞める」という悪循環が、施設レベルの不足を加速させているのです。
層3:現場における「時間と判断の不足」
人手不足が深刻な施設では、職員1人あたりの業務量が増加し、以下の不足が連鎖的に発生します。
- 利用者ケア時間の不足:事務作業に追われ、実ケアに充てる時間が減少
- 教育・育成時間の不足:新人職員の育成時間が確保できず、早期離職につながる
- コミュニケーション時間の不足:職員間の情報共有が不十分になり、ヒヤリハット・虐待のリスク増加
- 休息時間の不足:疲労が蓄積し、メンタルヘルス低下、さらなる離職を招く
この3層が相互に作用することで、介護不足は「一度の施策で解決できない」複合的な課題になっているのです。
介護不足への3つの対応視点
視点1:業界全体の課題認識(マクロレベル)
個別施設では解決不可能な構造的課題に対し、業界全体・国家レベルでの対応が進行しています。
国による取り組み: ①処遇改善加算:2019年度から計2,000億円を投じ、経験・技能のある介護職員の賃金引き上げ ②人材確保事業:介護職のイメージアップ、学校・訓練校への学生増加支援 ③外国人材受け入れ:EPA(経済連携協定)制度、特定技能「介護」の拡大(2025年から訪問系サービスも対象化)
業界自体の変化: 多くの施設は「人手不足では生き残れない」という現実に直面し、業務効率化(IT導入)、働き方改革(夜勤削減)、処遇改善(給与引き上げ)に投資を始めています。
個別施設の経営者は、この国・業界レベルの動きを理解し、補助金活用・業界情報の吸収が重要です。
視点2:個別施設の経営判断(メゾレベル)
構造的課題の中で、施設として「何ができるか」を判断することが経営の最重要課題です。
戦略的優先順位の決定:
①第一優先:「既存職員の定着率向上」 新規採用に投資する前に、現在いる職員が辞めない環境を作ることが必須です。給与引き上げ、人間関係改善、業務効率化を通じ、3ヶ月で離職率改善を目指します。
②第二優先:「採用の質向上」 採用数を増やすのではなく、「施設に合う人材」を絞り込んで採用することで、マッチング率が向上し、定着率が上がります。
③第三優先:「業務効率化による時間創出」 人手不足は「採用」「定着」の両方で対応が必須です。効率化で職員の実ケア時間を増やし、利用者満足度を上げることで、職員の仕事満足度も向上します。
施設規模別の対応: 大規模施設(100名以上職員)は、IT投資による効率化、キャリアパス構築に投資可能です。小規模施設(20名以下)は、「職場の一体感」「アットホームさ」を強みに、給与以外の魅力を訴求すべきです。
視点3:現場職員による改善(ミクロレベル)
上記の業界・経営レベルの施策が「底上げ」であれば、現場職員による「見える化」と改善が「現地適応」です。
現場で実装可能な改善:
①業務時間の計測:1週間、10分単位で業務を記録し、「何に時間がかかっているか」を可視化。事務作業20~30%削減のポテンシャルが多くの施設にあります。
②課題のヒアリング:職員に「改善してほしいことは?」と聞く会議を月1回開催。小さな改善(申し送り方法の変更で15分削減など)の積み重ねで、月の業務時間を10~15%削減できます。
③人間関係の「見える化」:職員満足度調査で、「職場の人間関係は改善したか」を月次追跡。改善が見られれば、採用応募者への訴求力も高まります。
これらは予算ゼロ~小額で実装でき、3ヶ月で効果が現れるため、「今からできる」施策です。
介護不足への対応ロードマップ(12ヶ月)
0~3ヶ月:現状分析と緊急施策
目的: 現状把握と離職防止 実装内容:
- 業務時間計測(業務改善チーム立ち上げ)
- 職員ヒアリング(課題抽出)
- 給与改善計画の策定(処遇改善加算の確認)
- 新人メンター制度の導入(早期離職防止)
期待効果: 離職率改善の兆候、職員モチベーション向上
4~6ヶ月:改善実装と採用強化
目的: 現場改革と採用基盤構築 実装内容:
- 優先度1課題の改善実装(申し送り削減など)
- 採用ターゲットの明確化(年代・経験層の分析)
- 職場文化の情報発信強化(動画・インタビュー制作)
- 外国人材採用の検討開始
期待効果: 業務時間10~15%削減、採用応募数増加の兆候
7~9ヶ月:効果測定と拡大
目的: 改善の定着と中期施策の検討 実装内容:
- 改善効果の定量測定(業務時間削減率、離職率、満足度)
- 優先度2課題への着手(IT導入検討など)
- 採用活動の本格化(複数チャネル併行)
- 利用者満足度の調査
期待効果: 改善効果の確定、採用定着率向上
10~12ヶ月:中期計画策定と継続体制構築
目的: 持続的改善体制の定着 実装内容:
- 次年度の目標設定(離職率目標:3年で13%→10%)
- 長期キャリアパス構築の開始
- IT導入の実装化(記録システムなど)
- 業界トレンド情報の吸収(外国人材、処遇改善の最新情報)
期待効果: 施設の持続的競争力向上、職員の長期在籍化
よくある質問(FAQ)
Q1:介護不足は「採用を増やせば解決」ではないのですか?
A: その通りです。採用を増やしても定着しなければ、人手不足は解決されません。むしろ、現在いる職員が辞めない環境作りを優先し、その上で採用活動を強化することが効果的です。「質の高い採用」を目指すべきです。
Q2:小規模施設では、給与競争に勝てません。どうしたらいいですか?
A: 給与競争ではなく、「職場文化競争」に注力してください。「人間関係が良い」「教育が充実」「やりがいがある」という点を、SNS・動画・職員インタビューで強く発信することで、応募者の関心を引き出すことは可能です。
Q3:介護不足は改善する見込みはありますか?
A: 高齢化ピークまで(2040年頃まで)は、構造的には改善が難しいと予想されます。ただし、個別施設レベルでは、効率化と職場改革により、相対的な不足感を減らすことは可能です。長期視点で「少人数で質を保つ」体制を構築することが重要です。
Q4:外国人材採用は現実的ですか?
A: 2025年から訪問系サービスでの受け入れも開始され、選択肢が広がっています。ただし、日本語教育・文化配慮・相談体制の整備が前提です。小規模施設は、まず「日本人採用」を優先し、採用困難が継続する場合に検討するのが現実的です。
Q5:介護不足の中で、ケアの質を保つにはどうしたらいいですか?
A: 「少人数で質を保つ」の鍵は、業務効率化と職員の心身の健康です。無駄な業務を削減し、実ケアに専念できる環境を作り、同時に職員が疲弊しない勤務体制を構築することで、自然と介護の質が向上します。
まとめ
介護不足は、社会全体の高齢化・少子化が根本原因であり、個別施設の努力だけでは解決不可能な課題です。しかし、その中で個別施設ができることは多くあります。
本記事で紹介した3つの視点——業界全体の課題認識、経営レベルの優先順位付け、現場レベルの改善実装——を並行して進めることで、介護不足という社会課題の中でも、「職員が働きやすく、利用者が満足できる施設」を実現することは可能です。
今月から、「業務時間計測」「課題ヒアリング」を開始し、3ヶ月後の改善効果を目指してください。介護不足時代に選ばれ続ける施設になることが、長期的な経営安定の道です。

