介護離職を防ぐには、企業の制度整備と従業員の早期準備の両輪が必要です。 年間約10万人が介護を理由に離職し、その54.7%は支援制度を利用せずに退職しています。しかし、適切な準備と段階的な対策により、仕事と介護の両立は可能です。
本記事では、介護離職防止のための「準備期→初動期→定着期」の3ステップを、企業・従業員双方の視点から解説します。小規模企業でも実践できる対策から、2025年4月施行の法改正対応、助成金活用まで、明日から始められる具体的アクションを提示します。厚生労働省データに基づき、介護保険制度と企業制度を組み合わせた実践的な両立支援の方法をご紹介します。
【基礎知識】介護離職の現状と企業が対策すべき理由
深刻化する介護離職の実態
総務省の就業構造基本調査によると、2022年の介護離職者は約10.6万人で、5年前の9.9万人から約1万人増加しています。さらに深刻なのは、調査機関による調査で明らかになった「離職者の54.7%が支援制度を利用していない」という事実です。
離職者の年代別では、40代〜50代が最多を占め、特に50代女性では離職率が4.9%に達します。この世代は管理職や専門職が多く、離職による組織への影響は計り知れません。
企業が介護離職対策に取り組むべき3つの理由
①経済的損失の回避
経済産業省は、仕事と介護の両立による経済的損失が2030年には約9.1兆円に達すると試算しています。採用・育成コストの増大、生産性低下、ノウハウ流出など、企業への影響は多岐にわたります。
②法令遵守と助成金活用
2025年4月施行の改正育児・介護休業法により、企業には介護に直面した従業員への個別周知・意向確認、40歳等での情報提供、相談窓口設置等が義務化されました。一方で、適切な対策を講じれば最大40万円の助成金を受給できます。
③健康経営と企業イメージ向上
2025年度の健康経営優良法人認定要件に「仕事と介護の両立支援」が追加されました。介護支援体制の整備は、従業員の心理的安全性を高め、採用競争力の強化にもつながります。
【3ステップ実践ロードマップ】介護離職を防ぐための段階的対策
STEP1【準備期】介護が始まる前に整えるべき体制(所要期間:1〜3ヶ月)
企業側の準備アクション
①制度の棚卸しと法改正対応(2週間)
- 現行の就業規則で介護休業(通算93日)、介護休暇(年5日/10日)、短時間勤務、残業免除、深夜業制限の規定を確認
- 2025年4月施行の法改正に対応した規定の整備
- 自社独自の制度(介護目的の有給休暇、介護サービス利用補助など)の見直し
②情報提供ツールの作成(1週間)
- 自社制度をまとめた簡易ガイド(A4片面1枚)の作成
- 介護保険制度の基礎情報(地域包括支援センター連絡先、ケアマネジャーの役割)を含める
- 社内外の相談窓口一覧を明記
③40歳到達者への情報提供体制構築(1ヶ月)
- 40歳、50歳、55歳など節目年齢での自動通知システムの設定
- 人事面談時の介護状況ヒアリング項目の追加
- イントラネットへの情報掲載と定期的な更新体制の確立
従業員側の準備アクション
①家族との事前対話(随時)
- 親・配偶者の健康状態、かかりつけ医、持病の確認
- 兄弟姉妹間での介護分担の話し合い
- 親の資産状況、保険加入状況の把握
②地域資源の事前リサーチ(1〜2時間)
- 居住地域の地域包括支援センターの場所と連絡先の確認
- 近隣の介護施設(デイサービス、訪問介護事業所)の情報収集
- 自治体の介護支援サービス(配食、見守りなど)の把握
③会社の制度確認(30分)
- 就業規則や社内イントラで介護支援制度の詳細を確認
- 人事担当者や上司に相談しやすい関係性の構築
- 同僚で介護経験者がいれば体験談を聞く
STEP2【初動期】介護が始まった時の緊急対応(所要期間:最初の2週間〜3ヶ月)
企業側の初動アクション
①個別周知と意向確認の実施(申出から1週間以内)
従業員からの申出を受けた場合、以下の制度について個別周知を実施:
- 介護休業制度(通算93日、3回まで分割可能)
- 介護休暇(年5日/10日、時間単位取得可能)
- 短時間勤務(3年以上、2回以上利用可能)
- 所定外労働・時間外労働・深夜業の制限
面談または書面で本人の利用意向を確認し、ケアマネジャーとの面談日程調整などに配慮した柔軟な休暇取得を認めます。
②業務調整と代替体制の構築(2週間)
- チーム内での業務分担の見直し
- 必要に応じて代替要員の確保(助成金の対象)
- 業務引継ぎマニュアルの作成支援
③助成金申請の準備(1ヶ月)
- 介護離職防止支援の要件確認
- 介護休業取得で40万円、介護両立支援制度利用で20〜25万円
- 代替要員確保で20万円、業務代替者への手当支給で3〜5万円
従業員側の初動アクション
①会社への速やかな報告(介護発生から1週間以内)
- 直属の上司または人事担当者に介護状況を報告
- 「仕事を続けたい意思」を明確に伝える
- 必要な支援制度(休業、休暇、短時間勤務など)の相談
②介護保険の申請(2週間以内)
- 市区町村の窓口で要介護認定の申請
- 認定には通常30日程度かかるため、早期申請が重要
- 申請中でも暫定的なサービス利用は可能
③ケアマネジャーとの連携(1ヶ月以内)
- 要支援・要介護認定後、ケアマネジャーと面談
- 「仕事を続けることが前提」であることを明確に伝える
- 勤務時間、出張の頻度、在宅勤務の可否などを具体的に共有
- デイサービス、訪問介護、ショートステイなどを組み合わせたケアプランを作成
STEP3【定着期】長期的な両立体制の構築と見直し(3ヶ月以降〜継続)
企業側の定着アクション
①定期的なフォローアップ面談(3ヶ月ごと)
- 制度利用状況、介護状況の変化、心身の健康状態の確認
- 必要に応じた勤務形態の見直し(フレックス、テレワーク等)
- メンタルヘルス不調の早期発見と産業医面談の紹介
②相談窓口の設置と運営(継続)
- 社内相談窓口(人事担当者、産業保健スタッフ)の明確化
- 外部相談サービス、介護離職防止対策アドバイザーとの連携
- 匿名での相談も可能な体制の整備
③社内研修とセミナーの実施(年1〜2回)
- 管理職向け:介護支援制度の理解、部下からの相談対応スキル
- 全従業員向け:仕事と介護の両立事例、介護保険制度の基礎知識
- 外部講師(社会保険労務士、ケアマネジャー)の活用
④制度利用事例の収集と共有(継続)
- 実際の制度利用者(匿名可)の体験談を社内報やイントラネットで共有
- 「制度を使いやすい雰囲気」の醸成
- 管理職自らの制度利用も推奨
従業員側の定着アクション
①ケアプランの定期的な見直し(3〜6ヶ月ごと)
- ケアマネジャーとの定期面談で介護状況の変化を共有
- サービス内容の追加・変更(通所回数の増加、訪問看護の追加など)
- 要介護度の変更申請(状態が悪化した場合)
②家族内の役割分担の見直し(随時)
- 兄弟姉妹間での介護負担の再配分
- 遠距離介護の場合、交代制での帰省スケジュール調整
- 介護を「一人で抱え込まない」意識の徹底
③自分自身のケア(継続)
- 有給休暇の計画的取得で心身のリフレッシュ
- 趣味や友人との交流時間の確保
- 必要に応じてカウンセリングや相談サービスの利用
④会社への状況報告と制度利用の調整(随時)
- 介護状況の大きな変化(入院、施設入所など)は速やかに報告
- 短期集中的な介護が必要な場合は介護休業の活用を検討
- 日常的な通院付き添いには介護休暇の時間単位取得を活用
【企業規模別・コスト別】実践できる対策の選択肢
小規模企業(従業員50名未満)でも始められる対策
初期コスト ゼロ円
- 既存の就業規則に介護休業・休暇の規定を追加(法令遵守の最低ライン)
- 社会保険労務士の無料相談や経営支援機関のセミナー活用
- 厚生労働省のリーフレットをそのまま従業員に配布
初期コスト 5万円未満
- 簡易版の介護支援ガイド作成(A4片面×2枚程度)
- イントラネットまたは掲示板への情報掲載
- 40歳到達者への手紙またはメールでの情報提供
初期コスト 10万円未満
- 外部講師による社内セミナー開催(1回)
- 介護離職防止対策アドバイザーとの単発相談契約
- 従業員向けアンケート実施とニーズ把握
中規模企業(従業員50〜300名)の充実対策
年間コスト 30万円程度
- 年2回の社内セミナー開催
- 外部相談サービスとの契約
- 介護支援制度の利用状況の定期レポート作成
年間コスト 50万円程度
- 専任の相談窓口担当者の配置(兼任可)
- イントラネットに専用ページ開設と定期更新
- 管理職向け研修の実施(年1回)
大規模企業(従業員300名以上)の先進的取り組み
年間コスト 100万円以上
- 介護相談専門家による常時相談契約
- ケアマネジャーとの直接連携体制
- 介護サービス利用料の一部補助制度
- 介護離職率・制度利用率のKPI化と経営会議での報告
【よくある質問(FAQ)】介護離職防止の実践的疑問
Q1. 従業員から「親が元気なうちは介護の話をしたくない」と言われます。どう対応すべきですか?
強制的な情報提供は逆効果です。40歳・50歳の節目年齢で「将来に備えた情報提供」として、全員に一律で資料を配布する方法が効果的です。「あなたが対象」ではなく「誰でも起こりうること」として伝えることで、心理的抵抗を減らせます。
Q2. 介護休業93日では足りないのでは?介護期間は平均49.4ヶ月なのに。
介護休業は「介護に専念する期間」ではなく「介護体制を整える期間」です。この93日で要介護認定申請、ケアマネジャーとの面談、介護サービスの選定・契約を行い、日常的な介護は介護保険サービスに委ねる体制を構築します。日々の通院付き添いなどには介護休暇(年5〜10日、時間単位可)や短時間勤務を活用します。
Q3. 小規模企業で代替要員の確保が難しい場合はどうすれば?
代替要員確保が困難な場合は、①業務の優先順位付けと一時的な業務削減、②チーム内での業務分担の再配分、③外部委託やフリーランス活用、④短期的な派遣スタッフ活用が選択肢です。また、テレワークやフレックス勤務の導入で、従業員が「完全休業」ではなく「時間をずらして勤務」できる環境を整えることも有効です。
Q4. 管理職から「制度を使われると困る」と言われます。意識改革の方法は?
管理職自身が「介護は他人事ではない」と認識することが第一歩です。40〜50代管理職の多くが数年以内に介護に直面する可能性があることをデータで示し、管理職向け研修を実施します。また、「制度利用=評価低下」ではないことを人事評価基準で明文化し、経営層からメッセージを発信することも重要です。
Q5. 助成金申請は複雑で手間がかかりそうです。どの程度の労力が必要ですか?
介護離職防止支援の申請は、社会保険労務士に依頼すれば10〜15万円程度の報酬で代行可能です。自社で行う場合でも、必要書類は就業規則、制度利用実績、賃金台帳などで、初回申請で5〜10時間程度の作業量です。最大40万円の助成金を受給できることを考えれば、費用対効果は高いといえます。
【まとめ】介護離職防止は「準備8割、対応2割」
介護離職を防ぐための最重要ポイントは、「介護が始まる前の準備」です。企業は40歳到達時点での情報提供と相談窓口の整備、従業員は家族との事前対話と地域資源のリサーチを行うことで、突然の介護にも慌てず対応できます。
3つの重要ポイント:
- 企業は「制度整備」だけでなく「使いやすい雰囲気づくり」を重視する
- 従業員は介護を「一人で抱え込まず」、会社と介護保険を活用する
- 小規模企業でもゼロ円から始められる対策がある
2025年4月施行の法改正により、企業の介護支援は「努力義務」から「義務」へと変わりました。法令遵守だけでなく、貴重な人材を守り、組織の持続的成長を実現するために、今日から準備を始めましょう。

