介護士の人手不足には、単純な「採用困難」ではなく、複数の原因が矛盾しながら同時に作用する構造があります。
採用困難性(有効求人倍率3.88倍)と同時に給与競争、定着困難と同時に女性職員の育児離職が進み、処遇改善による給与上昇にもかかわらず人間関係による離職が続くという逆説的現実です。
2026年度に240万人必要とされる一方で、なぜこの矛盾は解決されないのか。本記事では、介護士不足の原因を社会構造的・職場環境的・個人的ライフステージの3層に分類し、「単一対策では効果がない理由」を詳しく解説します。
介護士人手不足の3層的原因構造
第1層:社会構造的原因
少子高齢化による供給側の必然的崩壊
日本の出生数は2070年に年間約45万人へ低下し、一方で高齢者人口は2040年代にピークアウトするまで増加し続けます。つまり「介護が必要な人は増え、それを支える若者は減り続ける」という数学的に回避不可能な構造です。
2026年度に年間6.3万人の介護職員採用が必要とされていますが、この数を支える若年労働人口の減少速度はそれ以上です。競争相手は介護業界だけでなく全産業であり、「どの業界でも人材確保に苦しんでいる」という環境では、給与が低い介護業界は採用競争で後手に回ります。
都市部と地方の非対称な人口動態
都市部では高齢者数が増加する一方で、転入による若年層補充がある程度期待できます。一方、地方では高齢者数が減少局面に入りつつ、働き手の流出が続く。その結果、介護職員の有効求人倍率は都市部で5倍超、地方でも2~3倍と、全国的に極度の採用困難が続きます。
この地域差は「全国統一の対策」を困難にします。
第2層:職場環境的原因
人間関係が離職理由の第1位(27.5%)という警告
厚生労働省調査によると、介護士が辞める理由の第1位は「職場の人間関係に問題があった」(27.5%)です。給与(14.9%)や身体的負担(26.8%)より高い。この事実が意味するのは、「給与を上げても定着しない」という矛盾です。
人間関係の具体的な内容は「上司の思いやりない言動・パワハラ」「きつい指導」「意見交換の不足」であり、すべて職場環境要因です。人手不足により余裕がなくなった事業所では、新人育成や先輩フォローが手薄になり、人間関係が悪化する悪循環に陥ります。
身体的負担が改善されない
調査では「身体的負担が大きい」と答えた職員が29.3%に上ります。腰痛、膝痛、転倒リスク対応による疲労が蓄積し、特に女性職員の40代以降は身体的限界を感じる傾向があります。
処遇改善で給与は上がっても、人手不足により業務量は減らないため、「給与は上がったが負担は減らない」という不満が生じます。
理念・運営方針への不満(22.8%)
経営の効率化を過度に重視し、介護の質向上が二の次になっている事業所では、職員のやりがい喪失が加速します。特に「無駄な業務が多く、業務量負担への配慮が弱い」という不満が多いのは、人手不足による手当不足が原因です。
第3層:個人ライフステージ的原因
女性職員の結婚・出産・育児による離職
女性職員が全体の約80%を占める介護業界では、結婚(25~29歳ピーク)、出産・育児(30~34歳ピーク)が離職の大きな要因です。不規則な夜勤シフト、育児との両立困難が、仕事継続を困難にします。
同時に「介護職をしながら親の介護」という逆説的な「介護離職」も存在します。介護職員なのに親の介護で離職する人が年間10万人以上いるという現実は、職業介護と家族介護の両立が不可能であることを示しています。
男性職員の「将来見込み不足」(26.5%)
男性職員は昇進・昇給の道筋が不明確であることから「自分の将来が見えない」という理由で離職する傾向が高い(26.5%)です。介護業界は職員の高齢化が進み(60歳以上21.6%)、若年男性にとってキャリアパスが見えにくい構造になっています。
年齢による体力的限界
特に60代以上の職員が増加する中、身体介護の負担が年齢とともに増すため、「定年まで働き続けることが困難」という現実が出現します。若い時に入職した職員も、年を重ねるにつれて転職や異職種転換を考える傾向があります。
「複数原因の矛盾」がなぜ解決されないのか
原因1:給与上昇と人間関係改善が非連動
処遇改善加算で給与は上昇していますが、人間関係の改善にはつながっていません。人手不足による職場環境悪化は、給与では補償できないため、「給与は上がったが、人間関係は変わらない」という職員の不満が生じます。
原因2:採用困難と給与競争の同時進行
採用候補者が極めて限定的(供給側の絶対数不足)な中で、すべての事業所がほぼ同じ処遇改善加算を受けているため、相対的な「採用競争優位」が生じません。
結果として「待遇が同じなら、働きやすそうな事業所を選ぶ」という選別が起き、採用に落ちた事業所は永遠に採用できない構造に陥ります。
原因3:業務負担と定着支援の乖離
人手不足により、採用した職員も既存職員も「教育を受ける余裕がない」状態に陥ります。新人育成がおざなりになり、人間関係悪化が加速。定着支援(メンター制度、個別面談)を実施しようとしても、実行する職員が人手不足で忙しく、結果として形骸化します。
原因4:社会構造的問題を職場レベルで解決不可能
少子高齢化という社会構造的課題は、個別の事業所の努力では解決できません。同時に、女性職員の育児・出産による離職も、職場環境改善だけでは対応困難。国家レベルでの保育支援や勤務体制改革が必須ですが、各事業所ではそこまで対応できません。
よくある質問(FAQ)
Q1:「給与を上げても定着しない」というのは本当か?
A:本当です。調査では給与が離職理由の4位(14.9%)ですが、人間関係や運営理念が1・2位(27.5%・22.8%)であり、給与改善より職場環境が重要です。ただし、給与がゼロでいいわけではなく、「全産業比で見合った水準+職場環境改善」の両立が必要です。
Q2:なぜ人間関係が改善されないのか?
A:人手不足により、新人育成やメンター配置に時間をかけられず、職場環境整備が後手に回るからです。同時に疲弊した職員が増えると、相互に余裕がなくなり、更に人間関係が悪化するという悪循環に陥ります。
Q3:女性職員の育児離職は、職場対策で防げるのか?
A:部分的には可能です。シフト調整による育児両立支援、復帰後の時短勤務、復帰前研修などで、離職をある程度防げます。ただし、全面的な解決には、社会全体の保育・教育インフラの充実が不可欠です。
Q4:介護職員の高齢化は、本当に問題なのか?
A:です。60代職員の身体介護は、腰痛や転倒リスクが高まり、同時に若手が少ないため指導層が減少します。結果として、現場の「質」と「持続性」が低下します。
Q5:これらの原因を解決するには、何が必要か?
A:社会レベルでは出生率回復や保育インフラ整備(国家レベル)、業界レベルでは処遇改善の加速と介護職の社会的地位向上(政策レベル)、事業所レベルでは職場環境改善と業務効率化(実装レベル)の三層での対策が同時に必要です。
まとめ
介護士の人手不足の原因は単純ではなく、社会構造的(少子高齢化)、職場環境的(人間関係、業務負担)、個人的ライフステージ的(育児、キャリア、年齢)という3層の矛盾が同時に作用しています。
給与上昇、人間関係改善、定着支援が非連動している現状では、単一の対策は効果が限定的です。同時に、社会構造的課題(出生率、保育支援)を個別事業所では解決できず、国家レベルの対策なしに改善は困難な状況です。
2026年度の240万人確保という目標達成は、数学的に極めて困難であることを、事業所・政策立案者・国民全体が認識し、長期的な対応を準備することが急務です。

