介護施設の不足は、単純に「建物が足りない」わけではなく、支える人材が確保できないことが本質的な課題です。 2025年度の時点で、全国の介護事業所の約7割が職員不足を実感しており、部屋に空きがあっても対応する職員がいないため入居受け入けができないケースが増加しています。
介護を必要とする高齢者は2000年の約250万人から2015年には600万人を超え、今後も増加が予想される一方、働き手となる若年層は減少。この需給ギャップが、表面的な「施設不足」として現れているのです。
本記事では、施設不足の実態、その構造的原因、そして入居希望者が今からできる対応策5つを解説します。介護難民にならないための準備が、自立しているうちから必要な理由をご理解いただけるでしょう。
介護施設の不足が深刻化している現状
統計データが示す施設と職員のギャップ
介護施設数は過去20年で大きく増加しています。しかし、その増加速度に職員確保が追いつかず、「空室あり=受け入れ困難」という逆説的な状況が常態化しました。
厚生労働省の試算によると、2026年度に必要な介護職員は約240万人ですが、現状では約212万人。実に28万人規模の人材不足が生じています。この数字は単なる統計ではなく、毎日多くの入居希望者が「断られる」という現実に直結しています。
特に都市部での深刻さが際立ちます。東京では2026年時点で必要な介護人材が212,525人に対し、現状推移では184,367人。28,158人もの不足が見込まれており、求職者1人に対して約5件の求人がある過当競争に陥っています。
「施設は満床なのに入居できない」理由
一般的に「施設が不足している」と言われるのは、介護職員数が制度基準を満たせないためです。例えば、特別養護老人ホーム(特養)では、入居者3人に対し職員1人以上を配置することが法で定められています。
部屋は20室あっても、職員が適正配置数に達していなければ「認可された受け入れ人数」は実質的に削減されます。結果として、空いているベッドがあるのに新規入居を受け付けられない施設が、全国で多数存在しているのです。
さらに、既存入居者のケア負担が重いため、新規受け入れに回すスタッフ余力がないという現場の事情も関係しています。入居待ちの待機者が数十万人単位でいるのに対し、施設側は「人が来ない」という悪循環。この構造を理解することが、家族の準備計画を左右する重要な知識となります。
介護施設不足の3大原因
原因1:少子高齢化による労働人口の急速な減少
日本の総人口は減少し続けている一方、65歳以上の高齢者数は増加。内閣府の統計では高齢化率は28.9%に達しており、特に75歳以上の後期高齢者が急増しています。
2025年に団塊の世代(1947~1949年生まれ)が全員75歳以上になり、要介護認定者の急増が予想されます。介護需要は爆発的に増える一方、支える世代(15~64歳)は減少。この需給ギャップは今後30年以上続くと予測されており、構造的に改善が難しい課題です。
介護職員の平均年齢も上昇傾向で、60歳以上の職員の割合は2021年の時点で21.6%。業界全体の「老々介護」化という新たなリスクも生まれています。
原因2:処遇(給与・待遇)と職場環境の問題
介護職の給与は全産業平均より低水準です。体力的・精神的に負担の大きい業務の割に、月給は他業種より劣ることが、新規就業者や若年層の離職につながります。
厚生労働省の調査では、介護職員の離職率は13.1~13.6%。6~7人に1人が毎年退職しており、採用しても定着しないという悪循環が続いています。
離職理由として、給与よりも「職場の人間関係」「運営方針との不一致」「ライフスタイルに対応した働き方ができない」が上位に挙げられており、待遇改善だけでは解決しない複合的な問題を示唆しています。
特に小規模施設では、職員間の距離が近いために対人トラブルが表面化しやすく、一度問題が生じると連鎖的に職員が辞めていくケースが報告されています。
原因3:「きつい・汚い・危険(3K)」というネガティブイメージ
若者や他業種からの転職希望者が介護業界に距離を置く背景には、職業としてのイメージの問題があります。メディア報道でも労働環境の課題が取り上げられやすく、「介護職は大変」というメッセージが先行してしまいます。
実際には、専門的スキルを活かしたやりがいのある業務が多く、労働環境を改善する施設も増えています。しかし、このポジティブな情報が十分に発信されず、社会全体に根付いたネガティブイメージを払拭できていません。
新規入職者の確保が難しい結果、既存職員への業務負担が増加し、さらに離職につながるという負のスパイラルが形成されています。
介護施設の不足が利用者・家族にもたらす3つのリスク
リスク1:「介護難民」の急増
介護が必要なのに、在宅介護の担い手がなく、かつ施設にも入居できない状態が「介護難民」です。家族が仕事を辞めて在宅介護に専念せざるを得ず、家族全体が経済的に困窮するケースも増えています。
独居高齢者や高齢者夫婦のみ世帯が増加する現在、このリスクは他人事ではありません。特に都市部に集中している状況から、大都市圏の高齢者とその家族は一層の注意が必要です。
リスク2:老々介護・認認介護の深刻化
在宅介護が増える中で、高齢者が高齢者を介護する「老々介護」や、認知症患者が認知症患者を介護する「認認介護」が増加。虐待や事故のリスクが高まり、介護される側も介護する側も身体的・精神的に追い詰められるケースが多発しています。
厚生労働省の調査では、在宅での高齢者虐待件数は毎年1万件を超えており、介護負担が限界に達した際の危険性が数字で示されています。
リスク3:入居申し込み時の選択肢減少
「介護が必要になってから」施設を探す場合、入居可能な施設の種類が極めて限定されます。要介護度3以上でないと特別養護老人ホームに入居できないなど、法的な制限も存在。
空室状況も厳しく、「見学から入居まで数ヶ月待ち」という経験をする家族も珍しくありません。一方、自立した状態のうちから入居できる施設を選んでいれば、選択肢は大きく広がります。
家族ができる5つの事前対策─介護難民にならないために
対策1:入居のための経済準備を自立のうちに整える(所要時間:1~2ヶ月)
第一ステップ:現在の経済状況を把握する
自身の貯蓄、年金受給見込み額、保険契約内容などを整理します。介護施設の入居費用は、初期費用0~数百万円、月額10~30万円程度と施設によって大きく異なるため、正確な自分たちの負担能力を知ることから始まります。
同じ地域内でも有料老人ホーム、グループホーム、在宅サービスの組み合わせなど選択肢は多く、経済状況に合わせた計画が可能です。
第二ステップ:介護費用専用の資金計画を立てる
65歳時点で「残り20~30年の介護費用をいくら用意するか」を家族会議で決定します。月額20万円の施設に入居した場合、30年で7,200万円の費用が必要です。
現在の資産から逆算して、「いつまでに、いくら」という目標設定をすることで、家族全体の経済的安心感が生まれます。親の経済状況を子世代が把握することも、相続トラブル回避につながります。
第三ステップ:介護保険制度の給付額を確認する
介護保険の在宅サービスは一定額まで給付でカバーされます。自分たちが将来どの程度のサービス利用を予想し、自己負担分がいくらになるかを試算しておくことで、経済計画の精度が高まります。
市町村の福祉事務所や地域包括支援センターでシミュレーション相談できます。無料で利用できるため、早期の相談をお勧めします。
所要時間:1~2ヶ月/難易度:中程度
つまずきポイント:数字が複雑で敬遠しやすい → 専門家(ファイナンシャルプランナーや福祉事務所)の相談を活用
対策2:自立しているうちに施設を見学・検討する(所要時間:3~6ヶ月)
第一ステップ:希望地域の施設情報を収集する
インターネット、福祉施設検索サイト、地域包括支援センターのリストから、候補施設をリストアップ。「今すぐ入居したい」ではなく、「いずれ入居する可能性がある施設」として情報を集める視点が重要です。
特に自立層の受け入れに力を入れている有料老人ホームは、競争が比較的緩く入居しやすい傾向があります。
第二ステップ:複数施設の見学を実施する
最低3~5施設は見学することで、施設の質・雰囲気・対応姿勢が比較できます。見学時は、職員の人数、利用者の表情、施設の清潔感だけでなく、「今後、介護度が進んだとき対応可能か」「料金体系は明確か」などを質問します。
訪問時間を朝・昼・夜で変えると、異なる時間帯の職員の様子が観察でき、実態把握がより正確になります。
第三ステップ:待機者リストへの登録を検討する
気に入った施設が見つかれば、「いずれ入居したい」という意思表示として待機者リストに登録することで、空室が出たときに優先連絡をもらえます。
このステップにより、「いきなり入居を申し込む」という焦った状況を避け、冷静に施設を選ぶ余裕が生まれます。
所要時間:3~6ヶ月/難易度:低~中程度
つまずきポイント:「今は元気だから」と後回しにしやすい → 健康なうちが最も選択肢が多いことを認識
対策3:介護保険の要介護認定を事前に取得する(所要時間:1~2ヶ月)
第一ステップ:要介護認定の流れを理解する
要介護認定は、実際に介護が必要になってから申請すると、認定まで1~2ヶ月を要します。その間、サービスが受けられません。
自立している現在のうちに、要介護度を把握しておくことで、必要になったとき迅速に対応できます。予防的に「要支援」や「要介護1」の認定を受けておくと、その後のサービス利用がスムーズです。
第二ステップ:市町村の福祉事務所に相談申請
申請には医師の診断書が必要となるため、かかりつけ医に相談します。自立していても、特定の疾患や障害がある場合は認定対象となる可能性があります。
無料で申請・認定が行われ、その後のサービス利用計画立案に役立ちます。
第三ステップ:ケアマネジャーとの関係構築
要介護認定を受けたら、担当のケアマネジャーを指定し、将来のサービス利用計画をあらかじめ相談しておきます。
顔見知りのケアマネジャーがいることで、実際に介護が必要になった際、スムーズなサービス調整が可能になります。
所要時間:1~2ヶ月/難易度:中程度
つまずきポイント:「自立しているのに認定を受けるのは抵抗がある」という心理 → 将来への投資と考えることが大切
対策4:複数の家族で介護負担を分散する仕組みを作る(所要時間:1ヶ月)
第一ステップ:家族会議を開催し、介護の将来像を共有する
「親の介護が必要になったとき、誰がどの程度対応するのか」を事前に家族で話し合います。
一人の子どもが全て担当するのではなく、複数の子どもで定期的に親に会う、それぞれが別の責任を担うなど、役割分担を決めておくことが重要です。
仕事と介護の両立に悩む「介護離職」を防ぐ観点からも、家族内の協力体制が不可欠です。
第二ステップ:在宅介護と施設利用の組み合わせを事前に検討
「家族が全て」ではなく、「月1~2回は在宅で過ごし、それ以外は施設」というハイブリッド型の利用を計画します。
訪問介護、デイサービス、短期入居など、サービスを組み合わせることで、一家族あたりの負担を現実的なレベルに抑えられます。
第三ステップ:親とのコミュニケーション体制を構築
定期的な電話・訪問・LINEなど、日常的な接点を作っておくことで、親の些細な心身の変化に気づきやすくなります。
「月1回は実家を訪問する」など習慣化させることが、早期発見につながります。
所要時間:1ヶ月/難易度:低程度(ただし心理的負担あり)
つまずきポイント:話題が重く、家族で議論しにくい → 専門家(ケアマネジャーや地域包括支援センター)を交えた相談会を活用
対策5:介護予防と社会参加を継続し、要介護度を遅延させる(所要時間:継続的)
第一ステップ:身体機能維持のための運動習慣
週2~3回の軽い運動(ウォーキング、体操教室、公共プール利用など)を習慣化します。
要介護度の進行を5年遅延させることで、必要な介護施設の数も相対的に減少。個人にも社会全体にもメリットがあります。
フレイル予防(加齢に伴う虚弱状態の予防)が注目される背景には、このような科学的根拠があります。
第二ステップ:認知機能の維持と社会参加
地域の趣味の会、ボランティア活動、町内会など、定期的に人間関係を保つことが認知症予防につながります。
孤立した高齢者よりも、地域との関わりを保つ高齢者の方が、要介護度の進行が緩やかであることが複数の研究で報告されています。
第三ステップ:定期的な健康診断と疾患管理
生活習慣病(糖尿病、高血圧)の管理が、要介護度の進行を大きく左右します。
年1回の健康診断、定期的な医師の診療を継続し、軽度の段階での治療・管理を心がけることが予防的効果を生みます。
所要時間:継続的(週2~3時間、毎週)/難易度:低程度(継続の動機づけが課題)
つまずきポイント:「運動は面倒」「高齢者向け活動に参加しにくい」という心理的抵抗 → 友人と一緒に参加、家族の応援声かけが継続の鍵
よくある質問(FAQ)
Q1:自立している今、介護施設に入居することは可能か?
A: 可能です。むしろ、自立しているうちからの入居は、施設の選択肢が最も多く、条件交渉も有利です。有料老人ホームの多くは自立者の受け入れを前提としており、その後介護度が高まっても同施設で継続利用できるため、環境の変化が少なく安定した生活が実現します。早期入居により、友人関係の構築や施設適応の時間が十分確保されるメリットもあります。
Q2:介護施設の不足は今後改善される見込みはあるか?
A: 少子高齢化の構造的解決は、今後30~50年単位では難しいと考えられます。ただし、国の施設整備補助、介護職の処遇改善加算、外国人材の受け入れ拡大など、複数の施策が進行中です。一方、個人・家族レベルでは、現在の制約条件下で最善の対策を講じることが現実的な対応となります。
Q3:在宅介護と施設利用の併用は現実的か?
A: 十分現実的です。月1~2回の在宅宿泊、それ以外は施設という組み合わせにより、親との関係を保ちながら、過度な家族負担を避けられます。介護保険の給付範囲内で、訪問介護、デイサービス、ショートステイなどを組み合わせる家族も増加。ケアマネジャーと事前に相談すれば、最適なプランが設計できます。
Q4:要介護認定を受けることで、今後の保険加入や就職に影響があるか?
A: 介護保険の要介護認定は、介護保険制度内の給付判定の基準に過ぎず、一般的な医療保険の加入や就職に直接的な支障はありません。むしろ、早期に認定を受けておくことで、後に必要となるサービスをスムーズに利用できるメリットが大きいです。
Q5:経済的に介護施設の利用が難しい場合、どのような選択肢があるか?
A: 低所得者向けの特別養護老人ホームは比較的負担が少なく、生活保護受給者も利用可能です。また、多くの市町村で介護保険の自己負担額上限制度があり、一定額以上の負担は社会で吸収される仕組みがあります。地域包括支援センターや福祉事務所に相談すれば、その人の経済状況に応じた施設情報の提供が受けられます。
まとめ
1. 介護施設の不足は「建物が足りない」のではなく「職員が確保できない」ことが本質。
2026年度時点で全国で28万人以上の職員不足が見込まれており、この課題は今後数十年続く構造的問題です。
2. 入居希望者と家族ができることは限定的ですが、「自立しているうちからの準備」が選択肢を大きく広げます。
経済準備、施設見学、要介護認定取得、家族内の役割分担、介護予防の5つの対策を実行することで、介護難民リスクを大幅に軽減できます。
3. 今から動くことが、10年後、20年後の安心につながります。
親世代の不安を軽減し、子世代の介護離職を防ぐためにも、家族全体での対話と準備を始めることをお勧めします。元気なうちが最も行動しやすい時期。まずは市町村の福祉相談窓口への一本の電話から、準備をスタートさせてはいかがでしょうか。

