介護現場の人手不足と業務負担に、どのように対処すればよいか悩んでいませんか。
デジタルトランスフォーメーション介護とは、デジタル技術で業務プロセスを変革し、利用者サービスの質向上と職員の働きやすさを同時に実現する組織全体の取り組みです。
本記事では、2030年に2,115億円規模へ拡大すると予測される介護DX市場において、実際に成果を出した事例をもとに、3段階のフレームワークと具体的な導入手順を解説します。複数の介護施設でDX推進を支援してきた経験から、つまずきやすいポイントと対処法も詳しくお伝えします。
この記事を読めば、組織変革を成功させ、利用者・職員・事業所の三方良しを実現する道筋が分かります。
介護分野におけるデジタルトランスフォーメーションとは?
介護分野におけるデジタルトランスフォーメーション(DX)とは、デジタル技術を活用して業務プロセスや組織文化を変革し、利用者により良いサービスを提供しながら、職員の働きやすい環境を実現する全社的な取り組みです。
2004年にスウェーデンのエリック・ストルターマン教授が提唱したこの概念は、経済産業省により「データとデジタル技術を活用して、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや組織、プロセス、企業文化を変革し、競争上の優位性を確立すること」と定義されています。
介護DXは単なる「ICTツールの導入」ではありません。デジタイゼーション(アナログ情報のデジタル化)、デジタライゼーション(業務プロセスのデジタル化による効率化)、そしてデジタルトランスフォーメーション(組織全体のビジネスモデル変革)という3段階を経て実現します。
例えば、紙の介護記録をタブレット入力に変えるのはデジタイゼーション、それにより情報共有が即座にできるようになるのがデジタライゼーション、その結果として組織全体のケアの質が向上し地域から選ばれる事業所になるのがDXです。
市場規模も2020年の731億円から2030年には2,115億円へと約2.9倍の成長が予測されており、介護業界全体での変革が加速しています。
介護現場でデジタルトランスフォーメーションを推進する5つのメリット
深刻な人手不足問題への有効な対応策
介護DXにより業務効率化が実現すれば、限られた人員でも質の高いサービス提供が可能になります。厚生労働省の推計では2025年には約32万人の介護職員が不足すると見込まれていますが、DXで一人当たりの生産性を高めることで、この課題に対処できます。
実際に記録業務をICT化した事業所では、月間で最大17時間の業務削減に成功し、その時間を利用者ケアに充てることで、少ない人員でも高い満足度を維持できています。人材確保が困難な中、既存職員の負担を減らしながら成果を出せることは大きな意味を持ちます。
利用者ケアの質的向上と満足度の増加
デジタル技術による情報管理と分析により、利用者一人ひとりに最適化されたケアを提供できます。過去のデータを蓄積・分析することで、状態変化の早期発見や効果的なケアプラン作成が可能になります。
見守りセンサーやバイタルデータの自動記録により、利用者の細かな変化を見逃さず、適切なタイミングでの介入ができます。ある施設では、データ分析により転倒リスクの高い時間帯を特定し、事故を40%削減した事例もあります。
職員の離職率低下と定着率向上
業務負担の軽減と働きやすい環境の実現により、職員の満足度が向上します。介護職員の約40%が「事務作業の多さ」を負担に感じていますが、DXでこの問題を解決できれば、離職防止につながります。
実際にDXを推進した事業所では、残業時間が月平均20時間削減され、職員の離職率が前年比25〜30%減少した事例が報告されています。ワークライフバランスの改善は、若い世代の人材確保にも有利に働きます。
データに基づく科学的介護の実現
記録のデジタル化により、LIFE(科学的介護情報システム)などとの連携が可能になり、エビデンスに基づいたケアを実践できます。全国データとの比較により、自事業所のケアの質を客観的に評価し、継続的な改善が図れます。
データの可視化により、利用者や家族への説明も説得力が増し、信頼関係の構築につながります。グラフや図表を使った分かりやすい説明は、サービス選択の決め手にもなります。
経営基盤の強化と競争優位性の確立
2025年問題により介護需要が爆発的に増加する中、DXで業務効率化を実現した事業所は、地域で選ばれる存在になれます。利用者・職員双方の満足度が高い事業所は、稼働率の向上と人材確保の両面で優位に立てます。
また、業務の標準化により新人教育の効率が上がり、採用コストも削減できます。削減できたコストを職員の給与や設備投資に回せば、さらなる競争力強化につながります。
介護DXを成功させる5ステップの実践手順
ステップ1:現状業務の可視化とホワイトボックス化(所要時間:2〜4週間、難易度:中)
まず、事業所全体の業務を「見える化」します。どの業務にどれだけの時間がかかっているか、どこに無駄があるか、何が職員の負担になっているかを明らかにしましょう。
職員へのヒアリングを実施し、「困っていること」「こうなればいいのに」という意見を積極的に集めます。業務フローを図にして、重複作業やブラックボックス化している部分を特定してください。
特に記録業務、申し送り、多職種連携、見守り業務など、時間がかかっている領域を重点的に分析します。紙の書類がどこにどれだけあるか、何度も同じ情報を転記していないか、電話やFAXでの連絡に時間を取られていないかを確認しましょう。
つまずきポイント:
現場職員は日々の業務で忙しく、協力が得られにくい場合があります。管理者が率先して取り組み、「業務改善のため」という目的を明確に共有することが重要です。短時間のアンケートから始めるなど、負担を最小限にする工夫をしましょう。
ステップ2:デジタイゼーション(アナログのデジタル化)(所要時間:1〜2ヶ月、難易度:低)
可視化で見つかった課題の中から、まずアナログ情報をデジタル化します。紙の介護記録をタブレット入力に変える、FAXでの連絡をメールやチャットツールに切り替える、といった基本的なデジタル化から始めましょう。
重要なのは、いきなり全てを変えないことです。例えば、最初は新規利用者の記録だけタブレットで入力し、既存利用者は紙のままでも構いません。段階的に移行することで、職員の抵抗感を減らせます。
この段階では完璧を目指さず、「デジタルに慣れる」ことを優先します。操作が簡単なツールを選び、丁寧な研修を実施しましょう。
つまずきポイント:
60代以上の職員など、デジタル機器に不慣れな方がいる場合、個別サポートが必要です。「できない」と諦めさせず、できる職員がサポートする文化を作ることが定着のカギです。
ステップ3:デジタライゼーション(業務プロセスの効率化)(所要時間:2〜4ヶ月、難易度:中)
デジタル化したデータを活用して、業務プロセス全体を効率化します。タブレットで入力した記録をクラウドで即座に共有し、申し送り時間を短縮する、バイタルデータを自動でグラフ化して変化を可視化する、といった取り組みです。
ここでのポイントは、単にデジタル化するだけでなく、業務の流れ自体を見直すことです。例えば、「紙に書いてからパソコンに入力」という二重作業をやめ、最初からデジタルで入力する運用に変更します。
複数のシステムを連携させることで、さらなる効率化も図れます。介護記録システムと請求ソフトを連携させれば、データの転記作業が不要になります。
つまずきポイント:
「今までのやり方」に固執する職員がいる場合、変化の意義を丁寧に説明しましょう。小さな成功体験を積み重ね、「楽になった」と実感してもらうことが重要です。
ステップ4:デジタルトランスフォーメーション(組織全体の変革)(所要時間:6ヶ月〜1年以上、難易度:高)
デジタイゼーション、デジタライゼーションを組織全体に定着させ、ビジネスモデルや組織文化を変革します。効率化で生まれた時間を利用者ケアに充て、サービスの質を向上させることで、地域から選ばれる事業所を目指します。
データに基づく意思決定を組織文化として根付かせ、継続的な改善を行う体制を作りましょう。職員全員がデジタルツールを活用し、「利用者のために何ができるか」を常に考える組織へと変革します。
この段階では、利用者満足度、職員満足度、経営指標などを総合的に評価し、三方良し(利用者・職員・事業所)の実現を目指します。
つまずきポイント:
DXは長期的な取り組みのため、途中で挫折しやすくなります。定期的に成果を振り返り、小さな成功を祝うことでモチベーションを維持しましょう。経営層のコミットメントも不可欠です。
ステップ5:効果測定と継続的改善(所要時間:継続的、難易度:中)
導入から3ヶ月、6ヶ月、1年後に効果を測定します。業務時間の削減、職員の負担感、利用者満足度、事故件数、離職率などの指標で評価しましょう。
効果が出ていない場合は、使い方が適切か、目標設定が現実的か、選定したツールが合っているかを見直します。PDCAサイクルを回し続けることで、DXの効果は年々高まっていきます。
成功事例は事業所内外で共有し、他の施設や事業所の参考にしてもらうことも、業界全体の発展に貢献します。
介護DX推進を成功させる3つのコツと注意点
失敗例1:「ツール導入だけ」でプロセス改善をしない失敗と解決策
よくある失敗が、ICTツールを導入しただけで満足し、業務プロセスを変えないケースです。紙の運用をそのままデジタルに置き換えただけでは、かえって手間が増えることもあります。
例えば、紙の記録をそのままタブレットに入力するだけで、入力項目が多すぎて時間がかかるという状況です。本当に必要な記録項目は何か、法定記録と任意記録を区別できているかを見直す必要があります。
対策:
ツール導入前に、まず業務プロセスを見直しましょう。不要な作業を削減し、重複を排除してから、最適なツールを選定します。「何のためにデジタル化するのか」という目的を常に意識することが重要です。
失敗例2:「IT人材不足」を理由に導入を諦める失敗と解決策
介護業界にはITやDXに詳しい人材が少ないため、「うちには無理」と諦めてしまう事業所があります。確かに専門人材の確保は課題ですが、それを理由に何もしなければ、他の事業所との差は開く一方です。
対策:
外部の専門家やコンサルタントを活用しましょう。初期導入時だけでもサポートを受ければ、その後は内部で運用できます。また、システム事業者が提供するサポート体制の充実度を選定基準にすることも有効です。職員の中から「DX推進リーダー」を任命し、研修を受けてもらう方法もあります。
失敗例3:「2025年の崖」を意識せず既存システムを放置する失敗と解決策
事業部門ごとにバラバラなシステムを使い続け、全社横断的なデータ活用ができない状態を放置すると、将来的に大きな経済損失につながります。古いシステムがブラックボックス化し、構造を誰も理解できなくなる問題です。
対策:
既存システムの棚卸しを行い、データの標準化と統合を計画的に進めましょう。新しいシステム導入時は、将来的な拡張性や他システムとの連携可能性を重視します。データのエクスポート機能があるか、標準的なファイル形式で出力できるかを確認してください。
福祉分野特有の注意点として、DX推進が「効率化」だけに偏り、利用者の尊厳や個別性を軽視することがあってはなりません。テクノロジーは手段であり、目的は「より良いケアの提供」です。
データ管理においても、個人情報保護とセキュリティ対策を徹底し、利用者のプライバシーを守る視点を忘れないようにしましょう。
よくある質問(FAQ)
Q1: 小規模事業所でもDXは可能ですか?
A: 可能です。小規模だからこそ、意思決定が早く組織変革しやすい利点があります。まず無料または低価格のクラウドツールから始め、段階的に拡大する方法がお勧めです。補助金も積極的に活用しましょう。規模に関わらず、DXの本質は「業務改善による価値創造」です。
Q2: DXと単なるICT導入の違いは何ですか?
A: ICT導入は特定の業務をデジタル化する手段ですが、DXは組織全体のビジネスモデルや文化を変革する取り組みです。タブレット記録の導入はICT化、それにより情報共有が劇的に改善し組織のケアの質が向上するのがDXです。手段と目的の違いといえます。
Q3: どのくらいの期間で効果が出ますか?
A: デジタイゼーションなら2〜3ヶ月、デジタライゼーションなら3〜6ヶ月で効果を実感できます。ただし真のDX(組織変革)は1年以上の継続的な取り組みが必要です。焦らず段階的に進めることが成功のカギです。
Q4: 職員の抵抗にどう対処すればよいですか?
A: まず抵抗の理由を丁寧に聞きましょう。「変化への不安」「操作への自信のなさ」など、具体的な理由に応じた対策を取ります。強制ではなく、小さな成功体験を積み重ね、メリットを実感してもらうアプローチが効果的です。「分からないことを聞きやすい雰囲気」を作ることも大切です。
Q5: 2025年の崖とは具体的に何ですか?
A: 既存の複雑化・ブラックボックス化したシステムを放置すると、2025年以降に毎年12兆円以上の経済損失が生じると試算される問題です。デジタル化の遅れが競争力低下を招き、介護業界でも対応できない事業所は淘汰される可能性があります。今から計画的にDXを進めることが重要です。
まとめ
介護分野のデジタルトランスフォーメーションは、デジタイゼーション、デジタライゼーション、DXの3段階を経て実現します。
重要なのは、単なるツール導入ではなく、業務プロセスと組織文化を変革し、利用者・職員・事業所の三方良しを目指すことです。2025年問題と人手不足が深刻化する中、DXは生き残りの必須条件となっています。
まずは今日から、事業所の業務を可視化することから始めてみてください。どこに時間がかかっているか、何が職員の負担になっているかが見えれば、改善の第一歩が踏み出せます。
DXは一朝一夕には実現しませんが、一歩ずつ着実に進めることで、地域から選ばれる事業所へと成長できます。焦らず、できることから取り組んでいきましょう。

