深刻化する介護人材不足への解決策
介護事業所の経営者が直面する最大の課題は、慢性的な人材不足です。2026年度までに約25万人、2040年度までに約57万人の介護職員が不足すると推計される中、有効な解消策を講じなければ事業継続すら危うくなります。
本記事では、「定着率向上」「業務効率化」「多様な採用」という3つの軸から、規模や予算に応じて実践できる具体的な解消策を段階的に解説します。
筆者は介護事業所の経営改善支援を15年以上行ってきた経験から、現場で実際に効果が出た方法をお伝えします。
介護人材不足解消の基本的な考え方
3つの軸からのアプローチが不可欠
介護人材不足の解消には、単一の施策では不十分です。必要なのは「定着率向上」「業務効率化」「多様な採用」という3つの軸を同時に進めることです。
定着率向上は離職を防いで既存職員を大切にすること、業務効率化はICTやロボットで少人数でも運営できる体制づくり、多様な採用は外国人材や潜在的有資格者など幅広い層へのアプローチを意味します。
この3つは相互に作用します。例えば、ICTを導入して業務負担を減らせば職員の定着率が上がり、その実績が採用時の魅力となって応募者が増えます。逆に、採用ばかりに注力しても職場環境が悪ければすぐに離職され、採用コストが無駄になります。
即効性と持続性による優先順位付け
施策には即効性のあるものと、効果が出るまで時間がかかるものがあります。緊急度の高い人手不足には即効性のある施策(人材紹介会社の活用、処遇改善加算の取得)を優先し、並行して持続性のある施策(職場文化の改善、キャリアパス構築)を進める必要があります。
小規模事業所では予算や人員が限られるため、まずコストが低く効果の高い施策(職員紹介制度、業務マニュアル整備、定期面談)から始めるべきです。中規模以上なら、ICT導入や外国人材受入れなど投資が必要な施策にも取り組めます。
経営規模に応じた現実的な目標設定
全国平均では年間6.3万人ペースでの増員が必要ですが、自施設の規模に応じた現実的な目標設定が重要です。小規模事業所(職員10〜20人)なら年間1〜2人の純増、中規模(職員30〜50人)なら年間3〜5人の純増を目指すのが現実的です。
目標設定時には、採用目標だけでなく離職率の削減目標も併せて立てます。例えば、現在の離職率が20%なら15%に下げる目標を設定し、それによって何人の離職を防げるかを計算します。
定着率を高める5つの実践施策
施策1:処遇改善加算の完全活用と給与体系の見直し(難易度:中/効果:大)
介護職員処遇改善加算、特定処遇改善加算、ベースアップ等支援加算を確実に取得し、職員に適切に配分します。2024年度の報酬改定では3つの加算が一本化され、加算率が引き上げられているため、未取得の事業所は早急に申請すべきです。
ただし、加算を取得するだけでは不十分です。配分方法を明確化し、勤続年数や資格、役職に応じた給与テーブルを作成することで、職員が「頑張れば給与が上がる」という実感を持てるようにします。月額6,000円相当のベースアップを実現できれば、他業種との賃金格差を縮められます。
施策2:明確なキャリアパスと評価制度の構築(難易度:中/効果:大)
職員が5年後、10年後の自分の姿を描けるよう、具体的なキャリアパスを示します。
例えば、「介護職員→ユニットリーダー→フロアマネージャー→介護主任→施設長」
という昇進ルートを明示し、各段階で求められるスキルや資格、給与水準を公開します。
評価制度では、何をすれば評価されるかの基準を透明化します。「利用者満足度」「チームワーク」「業務改善提案」など5〜7項目の評価軸を設け、半年ごとに上司との面談でフィードバックします。評価結果を賞与や昇給に反映させることで、納得感が生まれます。
施策3:働きやすい労働環境の整備(難易度:低〜中/効果:中)
夜勤回数の削減、有給休暇の取得促進、育児・介護との両立支援など、具体的な労働条件改善を進めます。シフト作成システムを導入すれば、希望休の調整が公平かつ効率的になります。
相談窓口の設置も効果的です。第三者機関による外部相談窓口を設ければ、職員は人間関係やハラスメントの悩みを気軽に相談できます。離職理由の上位である「人間関係の悩み」を早期に解消できれば、離職を防げます。
施策4:資格取得支援制度の導入(難易度:低/効果:中)
介護職員初任者研修、実務者研修、介護福祉士の資格取得にかかる費用を全額または一部補助します。勤務時間内に研修を受講できる制度や、資格取得後の手当(月額5,000〜10,000円)を設けることで、職員のスキルアップ意欲が高まります。
資格取得者が増えれば、専門性の高いケアが提供できるだけでなく、加算の算定要件も満たしやすくなります。投資した費用は加算収入や定着率向上で十分に回収できます。
施策5:定期的な面談とコミュニケーションの強化(難易度:低/効果:中)
3〜6ヶ月に1回、管理者と職員の個別面談を実施します。業務上の悩み、キャリアの希望、プライベートの状況などを丁寧に聞き取り、可能な範囲で配慮します。面談記録を残し、前回の面談で出た課題がどう改善されたかを確認することが重要です。
日常的なコミュニケーションも大切です。朝礼での声かけ、感謝の言葉、小さな成功の共有など、職員が「認められている」「大切にされている」と感じられる職場文化を醸成します。
業務効率化で少人数運営を実現する4つの方法
方法1:介護記録のICT化とペーパーレス推進(難易度:中/効果:大)
紙ベースの介護記録をタブレット端末やスマートフォンで入力できるシステムに移行します。記録作業の時間が1日あたり30分〜1時間短縮でき、その分をケアに充てられます。情報共有もリアルタイムになり、申し送りの時間も削減できます。
ICT導入支援事業の補助金(1事業所あたり最大100万円、補助率3/4)を活用すれば、初期費用を大幅に抑えられます。導入時は職員への研修を丁寧に行い、使い方に慣れるまでサポート体制を整えることが成功のカギです。
方法2:見守りセンサー・介護ロボットの活用(難易度:中〜高/効果:大)
ベッドセンサーや赤外線センサーを導入すれば、夜間の巡回業務の負担が大幅に軽減されます。利用者の起き上がりや離床を検知して通知するため、転倒リスクのある方を重点的に見守れます。
移乗介助ロボットや入浴支援機器を導入すれば、職員の身体的負担が減り、腰痛などの労災リスクも低下します。地域医療介護総合確保基金による補助(1機器あたり最大100万円)を活用できるか、自治体に確認しましょう。
方法3:業務分担の見直しとマニュアル整備(難易度:低/効果:中)
介護職員が行っている業務の中で、専門性が低いもの(清掃、配膳、洗濯など)は、介護助手やパート職員に分担できないか検討します。介護職員は専門的なケアに集中し、補助業務は別の人材に任せる機能分化を進めます。
業務マニュアルを整備すれば、新人教育の時間が短縮され、サービスの質も均一化します。ベテラン職員に頼っていた暗黙知を形式知化し、誰でも一定水準のケアができる体制を作ります。
方法4:シフト管理・勤怠管理システムの導入(難易度:低/効果:中)
紙やExcelで行っているシフト作成をシステム化すれば、作成時間が1/3〜1/2に短縮できます。職員の希望休、有給残日数、夜勤回数の上限などを自動で考慮し、公平なシフトが組めます。
勤怠管理システムと連携すれば、時間外労働の集計や給与計算も自動化でき、事務作業の負担が大幅に減ります。管理者の業務時間を月10〜20時間削減できた事例もあります。
多様な人材確保で採用の幅を広げる3つのアプローチ
アプローチ1:潜在的有資格者の復職支援(難易度:低〜中/効果:中)
介護福祉士の資格を持ちながら介護現場を離れている潜在的有資格者は、全国に数十万人いると推計されています。この層にアプローチするため、復職支援制度(再就職準備金貸付、短時間勤務の導入、ブランク研修)を整えます。
求人広告では「ブランクOK」「研修充実」「短時間勤務可」を明記し、子育て中の方や介護離職した方が応募しやすい環境を示します。実際に復職した職員の体験談を掲載すると、さらに効果的です。
アプローチ2:外国人材の受入れ体制整備(難易度:高/効果:大)
技能実習、特定技能、EPA(経済連携協定)などの制度を活用し、外国人材を受け入れます。2025年時点で約6万人の外国人が介護分野で働いており、今後も増加が見込まれます。
受入れには、日本語教育支援、住居確保、生活サポート、文化的配慮など、きめ細かな体制整備が必要です。外国人材受入れに成功している事業所では、彼らが職場に定着し、日本人職員との良好な関係を築いています。初期投資は必要ですが、長期的には安定した人材確保につながります。
アプローチ3:採用広報の強化とSNS活用(難易度:低〜中/効果:中)
ハローワークや求人サイトに求人を出すだけでなく、自施設の魅力を積極的に発信します。ホームページに職員インタビューや職場の雰囲気がわかる写真・動画を掲載し、「ここで働きたい」と思ってもらえるコンテンツを作ります。
インスタグラムやフェイスブックなどのSNSで、日常の業務風景やイベントの様子を発信すれば、若年層へのリーチが広がります。職員による施設紹介動画を作成し、YouTubeに公開している事業所もあります。「待ち」の採用から「攻め」の採用への転換が求められています。
介護人材不足解消で避けるべき3つの失敗
採用だけに注力し定着策を怠る失敗
人材紹介会社を使って大量採用しても、職場環境が悪ければすぐに離職されます。採用コスト(1人あたり50〜100万円)が無駄になるだけでなく、残った職員の負担が増えて悪循環に陥ります。
離職率が15%を超えている事業所は、まず定着率向上に取り組むべきです。年間10人を採用するより、離職率を10%に下げて5人の離職を防ぐ方が、コストも労力も少なくて済みます。
補助金頼みで持続可能性を考えない失敗
ICTや介護ロボットの導入に補助金を活用するのは賢明ですが、補助金ありきで計画を立てると、ランニングコストや更新費用を賄えず、結局使わなくなるケースがあります。
導入前に、補助金なしでも3〜5年で投資回収できるか試算します。業務効率化による人件費削減、加算取得による収入増、離職率低下による採用コスト削減など、複数の効果を合算して判断しましょう。
全国一律の対策をそのまま導入する失敗
他の事業所で成功した施策が、自施設でも成功するとは限りません。地域特性(都市部か地方か)、施設規模、職員構成、利用者の状態などが異なるためです。
他の事例を参考にしつつも、自施設の状況を分析し、カスタマイズして導入することが重要です。小規模事業所なのに大規模向けのシステムを導入しても使いこなせず、逆に負担が増えます。
よくある質問(FAQ)
Q1: 小規模事業所でも介護人材不足を解消できますか?
A: できます。小規模だからこそ、処遇改善加算の取得、職員紹介制度、定期面談など、コストが低く効果の高い施策から始められます。職員数が少ない分、一人ひとりに丁寧に向き合えるのが強みです。
Q2: ICT導入の費用対効果はどのくらいですか?
A: 記録業務の時間短縮により、職員1人あたり月10〜20時間の削減が期待できます。時給換算で月2〜4万円相当の効果があり、10人の職員なら年間240〜480万円の人件費削減になります。補助金を使えば2〜3年で投資回収可能です。
Q3: 外国人材の受入れは本当に解決策になりますか?
A: 適切なサポート体制があれば、有効な解決策になります。言語や文化の違いに配慮し、日本語研修や生活支援を行えば、長期的に定着します。既に受け入れている事業所の多くが、戦力として評価しています。
Q4: 処遇改善加算だけで職員の定着率は上がりますか?
A: 加算だけでは不十分です。給与改善は重要ですが、人間関係、労働環境、キャリアパスなど、総合的な職場環境の改善が必要です。加算を土台として、他の施策と組み合わせることで効果が高まります。
Q5: 人材不足解消にはどのくらいの期間がかかりますか?
A: 施策によります。処遇改善加算や職員紹介制度は3〜6ヶ月で効果が出始めますが、職場文化の改善や外国人材の受入れは1〜2年かかります。即効性のある施策と中長期施策を並行して進めることが重要です。
まとめ:できることから着実に始める
介護人材不足の解消には、定着率向上・業務効率化・多様な採用という3つの軸からの総合的なアプローチが不可欠です。処遇改善加算の取得、ICT導入、外国人材受入れなど、施策の選択肢は多岐にわたりますが、すべてを一度に実行する必要はありません。
今すぐ実践すべきアクションは、自施設の離職率分析、職員との定期面談実施、補助金情報の収集です。小規模事業所ならコストが低い施策から、中規模以上なら投資効果の高い施策から始めましょう。
介護人材不足は一朝一夕には解消できませんが、地道な取り組みの積み重ねで必ず改善します。利用者に質の高いケアを提供し続けるため、そして職員が誇りを持って働き続けられる職場を作るため、今日からできる一歩を踏み出しましょう。

