「在宅医療を提供したいが、スタッフが足りない」「訪問看護師の採用が進まず、現場が限界を迎えている」-こうした悩みを抱える医療機関は少なくありません。
在宅医療の人手不足とは、高齢化による需要急増に対し、医療従事者の供給が追いつかない深刻な状態を指します。 2025年には在宅医療が必要な患者は29万人に達すると推計される一方、訪問看護師は現状の約6万人から13万人へと倍増が必要とされています。
本記事では、在宅医療の人手不足がなぜ起こるのか、その構造的な原因を5つに整理し、即効性のあるものから中長期的なものまで段階別の解決策を具体的に解説します。実際のデータと現場の実態に基づいた内容で、医療機関の経営者や管理者が明日から実践できる対策をお伝えします。
在宅医療の人手不足とは?現状を数字で理解する
在宅医療における人手不足の定義
在宅医療の人手不足とは、患者の自宅や介護施設で医療サービスを提供する医師・看護師・リハビリ職などの専門職が、需要に対して著しく不足している状態を指します。
厚生労働省の調査によれば、在宅医療を必要とする患者数は2025年には29万人に達すると推計され、2012年の約17万人から12万人増加することが見込まれています。一方で、この需要増加に対応できる人材の確保は大きく遅れているのが現状です。
深刻化する数字で見る人材ギャップ
訪問看護を例に取ると、その人材不足の深刻さが明確になります。
- 看護師総数: 約128万人(2020年時点)
- 訪問看護ステーションに就業する看護師: 約6万人(全体のわずか4.7%)
- 2025年までに必要な訪問看護師数: 約13万人
つまり、現状から7万人以上の増員が必要という計算になります。訪問看護サービスの利用者数は2011年の約23万人から2021年には約59万人へと2.5倍に急増しており、需要と供給のギャップは年々拡大しています。
有効求人倍率を見ても、看護師(保健師・助産師含む)は1.81倍と、応募者1人に対して約2件の求人がある状態です。これは全職種平均を大きく上回る数値であり、人材獲得競争の激しさを物語っています。
なぜ起こる?在宅医療の人手不足5つの根本原因
在宅医療の人手不足は単一の要因ではなく、複数の構造的問題が絡み合って発生しています。ここでは主要な5つの原因を解説します。
原因1:需要と供給のミスマッチ
高齢化社会の進行により、在宅医療のニーズは急速に拡大しています。2025年には団塊の世代が75歳以上となり、2040年には85歳以上人口がピークを迎えます。
しかし、医療従事者の供給は追いついていません。特に訪問看護においては、病院勤務と比べて「一人で判断する不安」や「緊急時対応の負担」から、キャリアとして選択する看護師が少ない傾向があります。
看護師全体の4.7%しか訪問看護に従事していないという数字が、このミスマッチを端的に表しています。
原因2:業務負担の大きさと離職率の高さ
在宅医療における業務負担は、病院勤務と比較しても特に重いのが実情です。
具体的な負担要因:
- 24時間365日のオンコール対応
- 一人での訪問による判断責任の重さ
- 複数の患者宅への移動時間
- 夜間・休日の緊急呼び出し
- 医療と介護の両方に対応する知識の必要性
医療・福祉業界全体の離職率は14.6%と全業種でトップクラスです。特に訪問看護ステーションの既卒採用者の離職率は16.8%と高く、人材を採用しても定着しないという悪循環が生まれています。
原因3:待遇面での課題と赤字経営
訪問看護ステーションの約3割が収支差率0%以下、つまり赤字経営という調査結果があります。
この経営難により、人手不足を解消したくても給与や福利厚生を改善する余力がない事業所が多く存在します。病院勤務と比較して給与水準が低い場合も多く、待遇面で訪問看護を選択するインセンティブが働きにくい状況です。
結果として、優秀な人材の確保が難しく、さらに人手不足が深刻化するという負のスパイラルに陥っています。
原因4:専門性の高さと教育体制の不足
在宅医療では、幅広い疾患や状態の患者に対応する必要があります。急性期から慢性期、終末期ケアまで、病院では診療科が分かれているような専門領域を一人で担当することも珍しくありません。
しかし、看護師養成課程における在宅医療の教育時間は限られており、実践的なスキルを身につける機会が不足しています。そのため、「訪問看護に興味はあるが、自分にできるか不安」と感じる看護師も多く、参入障壁となっています。
新人教育を行う余裕がないほど人手不足の現場では、OJT体制も十分に整備できず、人材育成のサイクルが回らないという問題も生じています。
原因5:地域格差と都市部への集中
医療従事者の地域偏在も深刻な課題です。都市部には医療機関や医療従事者が集中する一方、地方では深刻な人材不足に陥っています。
在宅医療は広域にわたる訪問が必要なため、地方ほど移動時間の負担が大きくなります。また、訪問件数が少ないと事業として成り立ちにくく、地方での訪問看護ステーション開設が進まない要因となっています。
結果として、都市部でも人手不足ですが、地方ではさらに深刻な「医療過疎」状態に陥っているのです。
人手不足が引き起こす3つの深刻な影響
人手不足は単に「忙しい」という問題にとどまらず、医療の質や安全性に直結する深刻な影響を及ぼします。
影響1:医療サービスの質と安全性の低下
人手不足により一人あたりの業務量が増えると、十分な観察時間や丁寧なケアを提供する余裕がなくなります。
厚生労働省のデータでは、病床あたりの看護師数が多いほど患者の安全性が高まることが示されています。これは在宅医療でも同様で、訪問回数や一回あたりの滞在時間が減少すれば、病状変化の見逃しや医療事故のリスクが高まります。
影響2:現場スタッフの疲弊と悪循環の加速
人手不足の現場では、既存スタッフへの負担が集中します。休暇が取りにくい、オンコール当番の頻度が上がるなど、心身の疲労が蓄積していきます。
この状態が続くと離職者が出て、さらに残ったスタッフへの負担が増すという悪循環に陥ります。結果として「人手不足→過重労働→離職→さらなる人手不足」というスパイラルから抜け出せなくなるのです。
影響3:新規患者受け入れの制限と地域医療の崩壊
人手不足により、新規の患者受け入れを停止せざるを得ない訪問看護ステーションも増えています。
これは個々の事業所の問題にとどまらず、地域全体の在宅医療提供体制の崩壊につながります。在宅で療養したいと希望する患者や家族のニーズに応えられず、病院のベッドも満床という状況になれば、医療難民が発生する危険性もあります。
今すぐできる対策から中長期施策まで|段階別5つの解決策
在宅医療の人手不足を解決するには、即効性のある施策から中長期的な取り組みまで、段階的なアプローチが必要です。
即効策1:ICTツール導入による業務効率化(実施期間:1〜3ヶ月)
具体的な取り組み:
- クラウド型電子カルテの導入で記録業務を30%削減
- 請求ソフトの自動化で事務作業時間を短縮
- 業務用チャットツールで情報共有をスムーズ化
- タブレット活用で訪問先からの直接入力を実現
電子カルテや請求ソフトの導入により、帳票作成や事務作業にかかる時間を大幅に削減できます。これにより残業時間が減少し、スタッフのワークライフバランスが改善されます。初期投資は必要ですが、比較的短期間で効果が表れる施策です。
短期策2:労働環境の見直しと柔軟な働き方の導入(実施期間:3〜6ヶ月)
具体的な取り組み:
- 直行直帰制度の導入で移動時間を削減
- 短時間勤務やパート勤務の選択肢を増やす
- オンコール当番の外部委託を検討
- アニバーサリー休暇など特別休暇の設置
子育てや介護と両立したい看護師にとって、柔軟な働き方は大きな魅力です。フルタイム勤務が難しくても訪問看護に携われる環境を整えることで、潜在看護師の掘り起こしにつながります。
実際に直行直帰制度を導入した事業所では、「通勤時間が減って働きやすくなった」という声が多く聞かれ、定着率が向上しています。
短期策3:給与・待遇の改善と福利厚生の充実(実施期間:3〜6ヶ月)
具体的な取り組み:
- 近隣事業所の給与水準を調査し競争力のある給与設定
- オンコール手当や緊急訪問手当の増額
- 資格取得支援制度の導入
- 院内託児所や提携保育施設の確保
赤字経営の事業所も多いため給与改善は容易ではありませんが、業務改善助成金や働き方改革推進助成金などの補助金を活用することで、給与アップと業務効率化を同時に進められます。
待遇改善は既存スタッフの定着率向上だけでなく、新規採用の応募者増加にも直結します。
中期策4:人材育成とキャリアパスの明確化(実施期間:6ヶ月〜1年)
具体的な取り組み:
- 新人向けの体系的な研修プログラムの構築
- プリセプター制度の導入でOJT体制を強化
- eラーニングで在宅医療の専門知識を習得
- 管理者やスペシャリストへのキャリアパスを提示
在宅医療未経験の看護師でも安心して働けるよう、段階的な教育体制を整えることが重要です。「1ヶ月は先輩と同行訪問」「3ヶ月目から担当患者を持つ」など、明確なステップを示すことで不安を軽減できます。
また、「認定看護師を目指せる」「管理者としてステーションを運営できる」といったキャリアビジョンを示すことで、モチベーションの向上と長期定着につながります。
長期策5:地域連携と多職種協働体制の構築(実施期間:1年以上)
具体的な取り組み:
- 病院と訪問看護ステーションの人材交流プログラム
- 地域包括ケアシステムにおける役割分担の明確化
- 複数の訪問看護ステーション間での人材シェアリング
- 介護職との協働による役割分担の最適化
一つの事業所だけで人手不足を解決するのは限界があります。地域全体で「訪問看護師を育てる」という視点が必要です。
病院と在宅医療の人材交流プログラムのように、病院と在宅医療の人材交流を進めることで、在宅医療に携わる看護師の裾野を広げることができます。
よくある質問(FAQ)
Q1: 在宅医療の人手不足はいつから深刻化しているのですか?
2017年頃から看護師の有効求人倍率は2倍前後で推移しており、この時期から人材不足が顕著になっています。特に2025年問題を控えた現在、需要増加のスピードに供給が全く追いついていない状況です。
Q2: 小規模な訪問看護ステーションでもICT導入は可能ですか?
可能です。クラウド型のシステムは初期費用を抑えられ、月額数万円から導入できるものもあります。働き方改革推進助成金を活用すれば、導入費用の一部補助も受けられます。
Q3: 人手不足の中で新人教育をする余裕がありません。どうすればよいですか?
まずは外部研修やeラーニングの活用から始めましょう。また、複数の訪問看護ステーションで共同研修を実施するなど、地域で人材を育てる仕組みも効果的です。
Q4: 給与を上げたいが赤字経営で難しい場合はどうすればよいですか?
業務改善助成金や働き方改革推進助成金の活用を検討しましょう。また、ICT導入で業務効率化を図り、訪問件数を増やすことで収益改善を目指すアプローチも有効です。
Q5: 地方で訪問看護師を採用するにはどうすればよいですか?
UIターン希望者へのアプローチや、地域おこし協力隊制度の活用、住居支援などの手厚い福利厚生の提供が効果的です。また、地域全体の魅力をソーシャルメディアで発信することも重要です。
まとめ:今こそ行動を——在宅医療の未来を守るために
在宅医療の人手不足は、高齢化社会における最重要課題の一つです。需要と供給のミスマッチ、業務負担の大きさ、待遇面の課題、専門性の高さ、地域格差という5つの根本原因が複雑に絡み合い、深刻な状況を生み出しています。
しかし、段階的なアプローチで解決の糸口は見えてきます。ICT導入による業務効率化、柔軟な働き方の実現、待遇改善、人材育成体制の構築、地域連携の強化——これらを組み合わせることで、持続可能な在宅医療体制を築くことができます。今日からできる第一歩は、現場スタッフの声を聞くことです。
どこに負担を感じているのか、どんな働き方を望んでいるのかを把握することから、具体的な改善策が見えてきます。2025年、2040年を見据えた今、一つずつでも改善に向けて行動を始めましょう。

