介護現場の人手不足と業務負担増加に、具体的にどう対処すればよいのでしょうか。
介護DXとは、AI・IoT・ICTなどのデジタル技術を活用して介護業務のワークフローを変革し、利用者サービスの質向上と職員の働きやすさを同時に実現する組織全体の取り組みです。
本記事では、経済産業省が示す3段階の導入フレームワークに基づき、初心者でも理解できる介護DXの本質から、実践的な導入手順まで解説します。複数の介護事業所でDX推進を支援してきた経験と、2025年問題を見据えた最新動向をもとにお伝えします。
この記事を読めば、介護DXの全体像が理解でき、明日から始められる具体的なアクションが分かります。
介護DXの基本的な定義と本質
介護DX(デジタルトランスフォーメーション)とは、AI・IoT・ICTといったデジタル技術を介護現場に導入し、業務プロセスや組織文化を変革することで、利用者と職員の双方に価値を提供する取り組みです。
2004年にスウェーデンのエリック・ストルターマン教授が提唱したDXの概念は、経済産業省により「データとデジタル技術を活用して、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや組織、プロセス、企業文化を変革し、競争上の優位性を確立すること」と定義されています。
介護DXの本質は、単なる「ICTツールの導入」や「業務のデジタル化」ではありません。重要なのは、デジタル技術を手段として業務全体を見直し、最終的に利用者により良いサービスを提供し、職員がより働きやすい環境を実現することです。
例えば、紙の介護記録をタブレットに置き換えるのは単なるIT化ですが、それによって情報共有が即座にできるようになり、多職種連携が円滑になり、結果として利用者ケアの質が向上するまでが介護DXです。
厚生労働省も2040年に向けて85歳以上人口が増加し、介護需要が急増する中、ICT等を活用した業務効率化を喫緊の課題として位置づけています。
介護DXは「利用者と職員を笑顔にする」ことが最終目標であり、そのための組織変革がDXの核心といえます。
介護現場がDXに取り組む5つのメリット
深刻な人手不足問題への効果的な対応
介護DXにより業務効率化が実現すれば、限られた人員でも質の高いサービス提供が可能になります。厚生労働省の推計では、2025年には約32万人、2040年には約69万人の介護職員が新たに必要とされていますが、労働人口の減少により人材確保は困難です。
実際にICTを導入した事業所の調査では、介護記録システムの導入により月間で最大17時間の業務削減に成功し、その時間を利用者ケアに充てることができています。デジタル技術で機械的な作業を自動化し、人間にしかできないケアに職員を集中させることが、人手不足時代の生き残り戦略となります。
職員の身体的・精神的負担の軽減
介護ロボットやアシストスーツの導入により、移乗介助や入浴介助などの身体負担が大きい業務を軽減できます。センサーやAI技術を搭載した歩行支援ロボットを導入した施設では、転倒事故が約60%減少した事例もあります。
また、記録業務のデジタル化により、残業して記録を書くという状況が改善されます。職員が「考える仕事」に時間を使えるようになり、精神的な満足度も向上します。身体的・精神的負担の軽減は、離職率の低下に直結する効果があります。
情報共有の迅速化と多職種連携の強化
介護記録の電子化により、介護職員、看護師、リハビリスタッフなど多職種間での情報共有が瞬時に可能になります。公益財団法人介護労働安定センターの調査によると、ICT導入事業所の90%以上が「情報共有がしやすくなった」と回答しています。
全職種が同じ情報にアクセスできることで、ケアの方向性や計画についての認識のズレが減少し、チーム全体の協力体制が強化されます。電話やFAXでのやり取りが不要になり、連絡が取れないというストレスも解消されます。
データに基づく科学的介護の推進
記録のデジタル化により、利用者の状態変化を数値やグラフで可視化できます。LIFE(科学的介護情報システム)と連携することで、全国データと比較しながら、エビデンスに基づいたケアプランを作成できます。
AIによるケアプラン作成支援システムを導入した事例では、1件あたりの作成時間が約40%削減されたという報告があります。データ分析により、個々の利用者に最適なケアを提供できるようになり、サービスの質が向上します。
経営基盤の強化と持続可能性の確保
2025年問題により介護需要が急増する中、DXで業務効率化を実現した事業所は、地域で選ばれる存在になれます。業務の標準化により新人教育も効率化され、採用コストの削減にもつながります。
また、見守りシステムの導入により夜間の巡回業務を効率化できれば、少ない夜勤職員でも安全を確保できます。限られた資源を有効活用しながら質の高いサービスを提供できることは、長期的な経営安定につながります。
介護DXを成功させる3段階の実践ステップ
ステップ1:デジタイゼーション(アナログのデジタル化)(所要時間:1〜2ヶ月、難易度:低)
経済産業省が示すDX成功パターンの第一段階は、アナログ情報をデジタルデータに変換する「デジタイゼーション」です。これは介護DX推進の基礎となる取り組みです。
まず、紙の介護記録をタブレットやパソコンで入力できるようにします。FAXでの連絡をメールやチャットツールに切り替え、手書きの申し送りノートをデジタル化します。勤務表作成も手書きからソフトウェア利用へ移行しましょう。
重要なのは、いきなり全ての業務を変えないことです。例えば、新規利用者の記録だけタブレットで入力し、既存利用者は当面紙のままでも構いません。段階的に移行することで、職員の抵抗感を減らせます。
つまずきポイント:
デジタル機器に不慣れな60代以上の職員がいる場合、個別サポートが必要です。「できない」と諦めさせず、できる職員がサポートする文化を作ることが定着のカギです。焦らず、まず「デジタルに慣れる」ことを優先しましょう。
ステップ2:デジタライゼーション(業務プロセスの効率化)(所要時間:2〜4ヶ月、難易度:中)
第二段階の「デジタライゼーション」では、デジタル化したデータを活用して業務プロセス全体を効率化します。単にデジタル化するだけでなく、業務の流れ自体を見直すことがポイントです。
タブレットで入力した記録をクラウドで即座に共有し、申し送り時間を半分に短縮します。バイタルデータを自動でグラフ化し、変化を視覚的に把握できるようにしましょう。複数のシステムを連携させることで、データの転記作業も不要になります。
例えば、「紙に書いてからパソコンに入力」という二重作業をやめ、最初からタブレットで入力する運用に変更します。見守りセンサーとナースコールを連携させれば、利用者の異常を自動検知して職員に通知できます。
つまずきポイント:
「今までのやり方」に固執する職員がいる場合、変化の意義を丁寧に説明しましょう。小さな成功体験を積み重ね、「楽になった」と実感してもらうことが重要です。データを活用した具体的な改善効果を示すことで、納得感が高まります。
ステップ3:デジタルトランスフォーメーション(組織全体の変革)(所要時間:6ヶ月〜1年以上、難易度:高)
最終段階の「デジタルトランスフォーメーション」では、デジタル技術を組織全体に定着させ、ビジネスモデルや組織文化を変革します。これこそが真の介護DXです。
効率化で生まれた時間を利用者との対話や個別ケアに充て、サービスの質を向上させます。データに基づく意思決定を組織文化として根付かせ、継続的な改善を行う体制を作りましょう。職員全員がデジタルツールを活用し、「利用者のために何ができるか」を常に考える組織へと変革します。
利用者満足度、職員満足度、経営指標を総合的に評価し、三方良し(利用者・職員・事業所)の実現を目指します。地域から選ばれる事業所として、持続可能な経営基盤を確立することが最終ゴールです。
つまずきポイント:
DXは長期的な取り組みのため、途中で挫折しやすくなります。定期的に成果を振り返り、小さな成功を祝うことでモチベーションを維持しましょう。経営層が率先してDXに取り組む姿勢を見せることも不可欠です。
ステップ4:現状業務の可視化と課題抽出(所要時間:1〜2週間、難易度:低)
実際の導入前には、現状の業務を徹底的に可視化することが必要です。どの業務にどれだけ時間がかかっているか、何が職員の負担になっているかを明らかにしましょう。
職員全員から「困っていること」「時間がかかりすぎている業務」をヒアリングし、優先順位をつけます。記録業務、申し送り、多職種連携など、時間がかかっている領域を重点的に分析してください。
つまずきポイント:
完璧な分析を目指すと時間がかかりすぎます。ざっくりとした傾向を掴むことを優先し、まず動き出すことが大切です。
ステップ5:効果測定と継続的改善(所要時間:継続的、難易度:中)
導入から3ヶ月、6ヶ月、1年後に効果を測定します。業務時間の削減、職員の負担感、利用者満足度、事故件数、離職率などの指標で評価しましょう。
効果が出ていない場合は、使い方が適切か、目標設定が現実的か、選定したツールが合っているかを見直します。PDCAサイクルを回し続けることで、DXの効果は年々高まっていきます。
介護DX推進を成功させる3つのコツと注意点
失敗例1:「ツール導入=DX」と誤解する失敗と解決策
よくある失敗が、ICTツールを導入しただけでDXが完了したと考えてしまうケースです。デジタイゼーション(デジタル化)の段階で止まってしまい、業務プロセスの改善や組織変革まで至りません。
高価なシステムを導入したものの、紙の運用をそのままデジタルに置き換えただけでは、入力項目が多すぎて時間がかかり、かえって非効率になることもあります。本当に必要な記録項目は何か、法定記録と任意記録を区別できているかの見直しが必要です。
対策:
ツール導入前に、まず業務プロセスを見直しましょう。不要な作業を削減し、重複を排除してから、最適なツールを選定します。「何のためにデジタル化するのか」という目的を常に意識し、3段階(デジタイゼーション→デジタライゼーション→DX)を着実に進めることが重要です。
失敗例2:「初期費用が高い」ことを理由に導入を諦める失敗と解決策
介護DXには、システムやデバイスの購入費用、ソフトウェアのライセンス料、職員研修費用など初期投資が必要です。また、導入後も定期的なメンテナンスやサポート費用がかかります。
中小規模の事業所では、この初期費用を負担に感じて導入を諦めてしまうケースがあります。しかし、何もしなければ他の事業所との差は開く一方であり、2025年問題に対応できなくなります。
対策:
段階的な導入アプローチを取りましょう。まず小規模なパイロットプロジェクトから始め、効果を検証しながら徐々に規模を拡大します。
国や都道府県の補助金(導入経費の1/2〜3/4が補助される制度)を積極的に活用してください。クラウドサービスを利用すれば、初期投資を抑えつつ、必要に応じて柔軟にスケールアップできます。
失敗例3:「IT人材不足」を理由に現場任せにする失敗と解決策
介護業界にはITやDXに詳しい人材が少なく、デジタル技術やデータ活用に精通した職員がほとんどいません。DXのノウハウが不足しているため、具体的な進め方や適切なシステム選定ができず、推進が停滞します。
経営層がDXの重要性を理解せず、現場に丸投げしてしまうと、職員は日々の業務で手一杯なため、DXが進みません。また、一部の職員だけが使い、他の職員は従来の方法を続けるという二重管理状態になることもあります。
対策:
外部の専門家やコンサルタントを活用しましょう。初期導入時だけでもサポートを受ければ、その後は内部で運用できます。また、システム事業者が提供するサポート体制の充実度を選定基準にすることも有効です。
職員の中から「DX推進リーダー」を任命し、厚生労働省のオンライン研修などを受講してもらう方法もお勧めです。
福祉分野特有の注意点として、DX推進が「効率化」だけに偏り、利用者の尊厳や個別性を軽視することがあってはなりません。
介護保険法が目指す「尊厳を保持し、その有する能力に応じ自立した日常生活を営むことができるよう」な支援の実現こそが本来の目的です。デジタル技術は手段であり、あくまでも利用者と職員の笑顔につながる活用を心がけましょう。
よくある質問(FAQ)
Q1: 介護DXとICT導入の違いは何ですか?
A: ICT導入は特定の業務をデジタル化する手段ですが、DXは組織全体のビジネスモデルや文化を変革する取り組みです。タブレット記録の導入はICT化、それにより情報共有が劇的に改善し組織のケアの質が向上するのがDXです。手段と目的の違いといえます。
Q2: 小規模事業所でもDXは可能ですか?
A: 可能です。小規模だからこそ、意思決定が早く組織変革しやすい利点があります。まず無料または低価格のクラウドツールから始め、段階的に拡大する方法がお勧めです。補助金も積極的に活用しましょう。規模に関わらず、DXの本質は「業務改善による価値創造」です。
Q3: どのくらいの期間で効果が出ますか?
A: デジタイゼーション(デジタル化)なら2〜3ヶ月、デジタライゼーション(業務効率化)なら3〜6ヶ月で効果を実感できます。ただし真のDX(組織変革)は1年以上の継続的な取り組みが必要です。焦らず、3段階を着実に進めることが成功のカギです。
Q4: 職員がデジタル機器を使いこなせるか不安です
A: 年齢よりも「丁寧な研修」と「サポート体制」が重要です。最近の介護向けシステムは直感的な操作設計になっており、スマートフォンが使える方なら問題なく習得できます。焦らず少しずつ慣れていくアプローチを取り、「分からないことを聞ける雰囲気」を作ることが定着のカギです。
Q5: DX推進で利用者との関わりが減りませんか?
A: むしろ逆です。業務効率化で生まれた時間を、利用者との対話や個別ケアに使えます。実際にICT導入施設では、利用者ケアの時間が30%増加した事例もあります。デジタル技術は人の代替ではなく、より人間的なケアを実現する手段です。DXの最終目標は「利用者と職員を笑顔にすること」です。
まとめ
介護DXとは、デジタル技術で業務プロセスと組織文化を変革し、利用者と職員の双方に価値を提供する取り組みです。デジタイゼーション、デジタライゼーション、デジタルトランスフォーメーションの3段階を経て実現します。
重要なのは、単なるツール導入ではなく、業務改善と組織変革を通じて「利用者と職員を笑顔にする」ことです。
まずは今日から、事業所の業務を可視化することから始めてみてください。どこに時間がかかっているか、何が職員の負担になっているかが見えれば、改善の第一歩が踏み出せます。
介護DXは2025年問題と人手不足に対応するための必須の取り組みです。焦らず、3段階のステップを着実に進めていきましょう。

