介護施設の人手不足解決は「採用」だけでなく「定着率向上」と「業務効率化」の3軸同時進行が不可欠です。 厚生労働省の調査では、全介護施設の約7割が職員不足を実感しており、そのうち9割が「採用困難」と答えています。
しかし、採用に力を入れるだけでは「穴の開いたバケツで水をくむ」ようなもの。既存職員の離職率が13.1~13.6%に達する中、新規採用しても定着しない悪循環が続いています。
本記事では、介護施設が今すぐ実行できる「定着」「効率化」「採用」の具体的対策、施設規模別の優先順位、3~6ヶ月で成果を出すロードマップを解説します。
介護施設の人手不足が深刻な理由
単なる「人数不足」ではなく「質的・構造的」問題
介護職員の必要数は2026年度に約240万人ですが、現在約212万人。単純計算で28万人不足です。ただし、問題はこれだけではありません。
既存職員の業務負担が急増すると、さらなる離職を招く負のスパイラル が生まれます。1人で担当できる利用者数が増える→疲弊する→辞める→残された職員の負担が増す、という悪循環です。
特に「若年層の職員確保」が困難です。介護職に対するイメージは「きつい・汚い・危険(3K)」が根強く、給与水準も全産業平均より約70万円低い330万円程度。新規参入者が少なく、業界全体の高齢化も進んでいます。
離職理由は「給与」ではなく「人間関係」と「環境」
多くの施設は「給与が安いから辞められる」と考えますが、実態は異なります。介護労働安定センターの調査では、離職理由の上位は「職場の人間関係」「運営方針の不一致」「長時間労働」です。
給与改善だけでは離職防止につながらない という点が、対策立案の鍵になります。年5.7万円の給与改善を実現した施設でも、人間関係が劣悪なら職員は辞めてしまうのです。
「定着率向上」で人手不足を劇的に改善する対策
対策1:心理的安全性を高める職場環境整備(2~4週間で実行可能)
第一ステップ:相談窓口の設置
相談窓口がない施設は、労働条件に関する悩みが蓄積しやすく、離職につながりやすい傾向があります。
実装方法は3パターン:
1.外部の労働相談サービス利用
(初期費用:月5~10万円)→ 秘密性が保たれ、職員の信頼度が高い
2.管理職や人事担当者との定期面談制度
(費用:ほぼ0)→ 管理職のコーチングスキル研修が必須(研修費:5~30万円)
3.メンタルヘルスチェックアプリの導入
(初期費用:月3~8万円)→ 早期発見が可能で、専門家紹介もできる
つまずきポイント:
「相談窓口があっても、職員が使わない」が起きやすい。管理職から「相談しやすい」というメッセージを繰り返し発信することが重要です。
第二ステップ:感謝と承認の文化醸成
感謝カード制度(紙またはアプリ)を導入し、職員同士が感謝を記入。朝礼で一部を読み上げる。
実装ステップ:
1.ルール決定(週2~3回程度の頻度)→ 1週間
2.運用開始と啓発→ 進行中
3.朝礼での読み上げ化→ 2週目から
ある事業所の事例では、この施策を3ヶ月継続した結果、「人間関係を理由に転職を考えている職員が0名」になり、求人応募が2倍に増加しました。
第三ステップ:職員同士のコミュニケーション増進
従来の朝礼に加え、フロア単位での「気づき発表」「定期勉強会(職員主導)」を週1~2回導入。
効果:職員間の心理的距離が縮まり、閉鎖的な人間関係が改善される。OJT(現場研修)の質も向上し、新人育成がスムーズになります。
所要時間:2~4週間
難易度:低
費用:0~30万円
対策2:キャリアパス制度の明確化(1~2ヶ月で設計、導入は継続的)
離職を防ぐ最強の施策は「この施設で頑張れば、こうなれる」という道筋の明示 です。
実装方法:
第一ステップ:職務階級の定義
例:初級職員→中級職員→主任→フロアマネージャー→施設管理者
各階級の「要件」「権限」「手当」を明文化。昇格に必要な資格取得期限も明記します。
重要なのは「何をすれば、いつまでに昇格できるのか」を職員が理解することです。曖昧さは離職につながります。
第二ステップ:定期面談による目標設定と評価
年2~4回、上司と部下が面談。その職員の強みを認識させ、次のステップに向けた学習計画を一緒に立てます。
「評価基準が不透明だから離職する」という事例は多いため、ここが重要です。
第三ステップ:資格取得支援制度の整備
介護福祉士資格の取得費用(受験料、講座費など約30~50万円)の全額または一部を施設が負担。また、勤務時間内に試験対策の時間を確保します。
実装ポイント:資格取得者が30名増えれば、施設の「介護福祉士配置割合」が上昇し、介護報酬加算も増加。費用投資がROIで回収できる仕組みです。
所要時間:1~2ヶ月の設計、導入は3年の継続見込み/難易度:中/費用:年100~300万円
対策3:働き方改革による負担軽減(3~6ヶ月で改善実感)
第一ステップ:勤務シフトの最適化
従来の「手書きシフト」や「エクセル管理」を、シフト管理アプリに移行。
効果:
・職員の希望日や制約条件(子どもの送迎、親の介護など)を自動反映
・過度な長時間労働者の自動検出
・有給休暇の取得日数が可視化される
初期投資:月3~8万円、導入期間:2~4週間
つまずきポイント:高齢職員がアプリ操作に抵抗を示すケース。操作研修(1時間程度)と、電話でのサポート体制が必須です。
第二ステップ:介護記録の電子化
紙の日報・介護記録をタブレットに移行。記入時間が約30~40%削減され、その分を介護ケアに充てられます。
さらに、リアルタイムデータ化により「誰が何をしているか」が可視化され、職員の動線改善にも効果的です。
初期投資:タブレット購入+ソフト導入で月5~15万円、導入期間:4~8週間
第三ステップ:夜間の見守り業務の自動化
見守りセンサーやカメラシステムを導入すると、夜間の巡回回数が30~50%削減されます。
従来は「2時間ごとに全室確認」が必要でしたが、センサーが異常を検出したら職員に通知する仕組みにすることで、夜勤職員の睡眠不足が改善されます。
初期投資:100~300万円(工事不要タイプもある)、導入期間:2~6週間
所要時間:3~6ヶ月で実感
難易度:中~高(システム導入)
費用:月10~30万円
「採用効率化」で新規職員の確保を加速させる対策
対策4:採用方法の多軸化(1~3ヶ月で実行)
単一の求人媒体への依存は危険 です。採用競争倍率が全職種平均1.15倍に対し、介護サービスは3.88倍(2023年7月時点)。限られた人材を奪い合う環境では、複数チャネルからの流入が必須です。
第一ステップ:自施設の「採用ページ」強化
求人サイトの募集欄は、職員の人間関係改善事例、給与例、キャリアパス図解、実際の職員インタビュー動画などを掲載。
ポイント:「施設で働くイメージが沸く」コンテンツを増やす。競合施設との差別化が採用成功の鍵です。
実装時間:2~3週間、費用:0~5万円(動画製作含む)
第二ステップ:人材派遣会社との連携強化
人材派遣会社の営業担当に「施設の実態体験」をしてもらい、その体験をもとに求職者資料を作成。
実例:ある施設は派遣会社営業が実際に見学・スタッフ体験し、その感想を求職者に資料で送付。「施設で働くイメージが沸いた」と応募が増加、2名の採用に成功。
実装時間:1ヶ月、費用:派遣手数料の中で対応(追加費用なし)
第三ステップ:地域密着の採用広報
地域の福祉学校、ハローワーク、自治体の福祉人材センター、シニア向け求人誌など、多角的にアプローチ。
未経験者向け「介護入門研修」の情報提供も厚生労働省が推進しており、修了者の紹介を受けることも可能です。
実装時間:2~3ヶ月、費用:0~10万円(イベント参加、資料作成)
所要時間:1~3ヶ月
難易度:低~中
費用:0~20万円
対策5:外国人材の受け入れ(6~12ヶ月の準備期間が必要)
2025年4月から、特定技能外国人も訪問系サービスに従事可能になりました。これは介護施設にとって重要な人材確保手段です。
ただし、準備期間が長く、要件が厳しいため、中長期計画として位置づける必要があります。
要件概要:
・1年以上の実務経験が必要(来日直後は不可)
・日本語N3相当の日本語教育
・文化・習慣の違いへの対応(相談体制整備)
利点:3~5年の就労が可能で、定着率が高い傾向。給与も国内職員と同等以上を支払うため、「使い捨て」感覚ではなく、本格的な人材確保の施策となります。
所要時間:6~12ヶ月の準備、採用後3~5年の継続契約
難易度:高
初期投資:50~100万円(研修、手続き)
よくある質問(FAQ)
Q1:中小規模施設(定員30名以下)では、どの対策から始めるべきか?
A: 優先順位は「相談窓口設置→シフト管理アプリ→給与処遇改善加算の活用」です。初期費用が少なく、効果が出やすい順です。「見守りシステム」や「外国人材」は、ある程度人員が確保できてから検討してください。
Q2:給与改善だけでは人手不足は解決しないというのは本当か?
A: はい。介護労働安定センターの調査では、離職理由の第1位は「職場の人間関係」で、給与は5位以下です。給与は「最低限の条件」ですが、それだけでは足りません。同時に「働きやすさ」と「キャリアパス」の整備が必須です。
Q3:介護ロボットやAIの導入は、本当に人手不足解決につながるか?
A: 「直接介護」業務(利用者への身体的ケア)はロボット化が難しいため、完全な代替は不可能です。ただし「見守り」「記録」「巡回」など周辺業務の自動化により、職員が利用者ケアに専念できます。その結果、職員のストレス軽減と転職防止につながります。
Q4:キャリアパス制度を整備すると、給与が大幅に増える?
A: いいえ、制度整備自体には追加コストがほぼかかりません。重要なのは「透明性」です。「昇格に必要なスキルと時間軸を明記する」という情報開示が、職員のモチベーション維持につながるのです。ただし、昇格者に対する手当は別途必要です。
Q5:人手不足対策で最初に失敗しやすいポイントは?
A: 「相談窓口を作ったのに、誰も相談しない」という事例が多いです。制度整備だけでは不足。管理職から「相談してほしい」というメッセージを繰り返し、職員の信頼を勝ち取ることが重要です。同様に「働き方改革」も、掛け声だけでなく実行が伴わないと、かえって不信感を招きます。
コツと注意点
よくある失敗例と対策
失敗例1:全施策を同時に推し進める
リソースが限定的な中小施設が、シフト管理アプリ、見守りシステム、外国人採用を同時に始めると、混乱が生じます。
対策:優先順位を決め、3~6ヶ月ごとにフェーズを分ける。まずは「定着率向上」から。
失敗例2:給与改善に頼りすぎる
処遇改善加算で給与を上げたのに、人間関係が改善されなければ、職員は辞めてしまいます。
対策:給与改善と同時に、職場環境改善施策を実行。両輪が必要です。
失敗例3:新規採用に注力し、既存職員が過労に
採用を頑張ったが、育成に手が回らず、既存職員の負担が増加。その結果、既存職員が辞めてしまう。
対策:「定着→効率化→採用」の順序を守る。採用の前に、既存職員の負担軽減と定着対策を優先してください。
福祉業界特有のリスク
介護業界では「職員の高年齢化」が進んでいます。定着率向上により中高年職員が残った場合、夜勤や身体的負担の大きい業務への対応が課題になります。
対策:「ユニットケア」など、職員の特性に応じた業務配置の工夫。また、シニア向けの働き方(短時間勤務、デスク業務など)の設計も重要です。
3~6ヶ月で成果を出すロードマップ
| 時期 | 優先対策 | 具体的アクション | 期待効果 |
| 1ヶ月目 | 相談窓口設置 + キャリアパス企画 | 外部相談窓口契約 / 職務階級表作成 | 職員の心理的安全性向上 |
| 2~3ヶ月目 | シフト管理アプリ導入 + 感謝カード開始 | 導入・研修 / 朝礼での読み上げ開始 | 業務効率化10~20% / 人間関係改善 |
| 4~5ヶ月目 | 介護記録電子化 + 採用広報強化 | タブレット導入 / 採用ページ強化 | 記入時間30%削減 / 採用応募増加 |
| 6ヶ月目 | 成果測定・改善 | 離職率測定 / 職員満足度調査 | 定着率向上、離職防止成果確認 |
まとめ
1. 人手不足解決には「定着×効率化×採用」の3軸同時進行が必須。
採用だけに注力しても、既存職員の離職が続けば問題は解決しません。
2. 優先順位は「相談窓口→キャリアパス→業務効率化→採用強化→外国人材」の順。
中小施設は無理なく実行できる範囲から着手し、3~6ヶ月ごとにフェーズアップしていく段階的導入が現実的です。
3. 成功の鍵は「経営層から職員への一貫したメッセージ」と「継続的な改善実行」。
制度を作ったら終わり、ではなく、職員の反応を見ながら改善し続けることが、本当の「働きやすい施設」につながります。
今、この瞬間から、できることから始めませんか?3~6ヶ月後、あなたの施設の「働き続けたい職場」への変化を実感できるはずです。

