介護現場でICT導入を検討する際、行政の支援制度を把握していますか。厚生労働省は2019年から介護施設の業務効率化を目的に、ICT導入支援事業を実施しています。
記録業務の時間削減や情報共有の円滑化により、職員の負担軽減と介護サービスの質向上が実現できます。本記事では、行政が推進する介護ICT化の全体像と具体的な導入手順を、実際の効果データをもとに解説します。
筆者は福祉施設でのICT導入支援に3年間携わり、複数の事業所で導入プロセスを経験してきました。この記事を読めば、補助金の活用方法から導入後の定着まで、失敗しない導入計画が立てられます。
介護ICTとは|行政が推進する業務効率化の仕組み
介護ICTの基本定義
介護ICTとは、情報通信技術を活用して介護事業所の業務や情報共有を支援するソフトウェア全般を指します。具体的には介護ソフト、タブレット端末、インカム、クラウドサービスなどが含まれ、記録業務から請求業務まで幅広く対応します。
従来は利用者情報を手書きでメモし、後日パソコンに入力する二度手間が発生していました。ICTを導入すると、現場でタブレットに直接入力でき、そのデータが自動的に請求システムまで連携します。訪問サービスでは、職員が記録のためだけに事業所へ戻る必要がなくなり、直帰が可能になります。
厚生労働省が進める標準化の動き
行政は平成30年度から、異なる介護ソフト間でのデータ互換性を高める標準仕様を策定しています。従来は異なる事業者のソフトを使用する施設間では、ケアプラン情報の電子共有ができませんでした。標準仕様に対応したソフトであれば、事業所間でのデータ連携がスムーズになります。
令和2年3月には技術的課題を解消した改正版が公開され、実装が進んでいます。ケアプラン連携標準仕様、入退院時情報連携標準仕様、訪問看護計画等標準仕様など、複数の標準仕様が整備されています。
介護ICT導入による3つの主要メリット
1. 間接業務時間の削減効果
ICT導入によって最も顕著な効果が現れるのが、事務作業時間の削減です。行政の調査によると、ICT導入事業所の9割以上で間接業務時間が減少しています。
記録業務では、従来3回以上転記していた作業が1回の入力で完結します。ある施設では記録業務の時間が約半分に短縮され、1日あたり1〜2時間の削減を実現しました。削減された時間は利用者へのケアや職員の休憩時間に充当でき、サービスの質向上にも貢献します。
2. 情報共有と連携の円滑化
クラウドシステムやインカムの導入により、リアルタイムでの情報伝達が可能になります。夜勤職員が利用者の異変に気づいた際、インカムで即座に他の職員へ連絡でき、緊急対応が迅速化します。
申し送り業務も大幅に効率化されます。手書きノートでの申し送りは読み間違いや記入漏れのリスクがありましたが、デジタル化により必要な情報を確実に共有できます。外部の医療機関との連携でも、電子データで情報提供できるため、FAXや郵送の手間が省けます。
3. 離職率の低下と定着促進
業務負担の軽減は職員の働きやすさに直結します。残業時間が月10〜15時間削減された施設では、職員満足度が向上し、離職率が前年比で20%低下した事例があります。
デジタルツールに慣れていない60代以上の職員でも、適切なサポート体制があれば3〜6ヶ月で定着します。スムーズに導入できた施設では、職員から「記録のために遅くまで残らなくてよくなった」という声が多く聞かれます。
ICT導入の3ステップ実践手順
ステップ1: 導入計画の策定(所要時間1〜2ヶ月)
まず現状の業務フローを可視化し、課題を特定します。記録業務、申し送り、請求業務のどこに時間がかかっているか、職員へのヒアリングを通じて明確にします。
次に導入目的を設定します。「記録業務の時間を30%削減」「夜勤職員の見回り回数を半減」など、数値目標を含めた具体的な目標設定が重要です。予算計画では補助金の活用を前提に、自己負担額を算出します。
つまずきポイントは、全職員の合意形成です。一部の職員が反対すると導入後の活用が進みません。説明会を複数回開催し、「なぜ導入するのか」「どんな効果があるのか」を丁寧に伝えます。
ステップ2: 機器・ソフトウェアの選定(所要時間1〜2ヶ月)
行政が公開する「介護ソフトを選定・導入する際のポイント集」を参考に、自施設に適した製品を選びます。選定基準は、記録から請求まで一気通貫であること、標準仕様への対応状況、サポート体制の充実度です。
複数の事業者からデモンストレーションを受け、実際の操作画面を確認します。職員が日常的に使う画面の使いやすさを重視し、可能であれば現場職員も選定に参加させます。
契約前に確認すべきは、導入後のサポート内容です。電話対応の受付時間、訪問サポートの有無、追加費用の発生条件などを明確にしておきます。
ステップ3: 段階的導入と定着支援(所要時間3〜6ヶ月)
いきなり全機能を使おうとせず、まず記録機能だけを導入するなど段階的に進めます。初期段階では紙の記録と並行運用し、職員が慣れてから完全移行します。
研修は役職や年齢層に応じて複数回実施します。基本操作研修は全職員必須とし、1回30〜60分程度を3〜5回に分けて行います。操作に不安がある職員には個別フォローを実施し、誰一人取り残さない体制を整えます。
定着までの期間は施設の規模や職員のITリテラシーによって異なりますが、平均3〜6ヶ月を見込みます。導入1ヶ月後、3ヶ月後に効果測定を行い、必要に応じて運用ルールを調整します。
ICT導入で失敗しない5つのコツと注意点
失敗例1: トップダウンでの強制導入
経営層だけで決定し、現場の意見を聞かずに導入すると、職員の抵抗が強くなります。対策として、導入検討段階から現場職員を含むプロジェクトチームを組織します。月1回の会議で進捗を共有し、現場の懸念点を吸い上げます。
失敗例2: 予算不足による中途半端な導入
タブレットの台数が不足し、職員間で取り合いになると効率が低下します。補助金を活用しても自己負担が発生するため、必要台数を正確に見積もります。職員数の80%以上をカバーできる台数が目安です。
失敗例3: セキュリティ対策の不備
個人情報を扱うため、情報漏洩リスクへの対策は必須です。IPA(情報処理推進機構)の「SECURITY ACTION」に登録し、基本的なセキュリティ対策を宣言します。パスワード管理、端末紛失時の対応手順、職員への教育を徹底します。
介護分野特有の注意点
利用者の尊厳を損なう使い方は避けます。例えば、利用者の前でタブレットばかり見て会話がおろそかになると、信頼関係が損なわれます。記録は利用者との会話後に行うなど、ケアの質を維持する運用ルールを定めます。
制度改正への対応も重要です。介護報酬改定や加算要件の変更に対応できるよう、システムのアップデートが適切に行われるかを確認します。
長期運用のポイント
導入して終わりではなく、継続的な改善が必要です。半年に1回、職員アンケートを実施し、使いにくい点や追加したい機能を収集します。行政の生産性向上セミナーにも定期的に参加し、最新の活用事例を学びます。
よくある質問(FAQ)
Q1: 補助金はいくら受けられますか?
補助率は事業所規模によって異なり、職員数が少ない小規模事業所ほど補助率が高く設定されています。上限額は都道府県により差がありますが、60〜260万円程度です。詳細は各都道府県の担当課へ問い合わせが必要です。
Q2: 高齢の職員でも使いこなせますか?
適切なサポートがあれば年齢に関わらず習得可能です。実際に75歳の職員がタブレット操作を習得した事例もあります。ポイントは焦らず段階的に教えること、わからないことを気軽に質問できる雰囲気作りです。
Q3: 導入後すぐに効果は出ますか?
業務効率化の実感には3〜6ヶ月かかります。導入初期は慣れないため、かえって時間がかかることもあります。しかし3ヶ月を過ぎると操作に慣れ、記録時間が明確に短縮されます。
Q4: 既存の介護ソフトから乗り換えできますか?
データ移行が可能な製品がほとんどです。ただし移行作業には1〜2ヶ月かかるため、繁忙期を避けたスケジュール設定が重要です。新旧システムの並行運用期間も考慮します。
Q5: 停電時やシステム障害時はどうすればよいですか?
緊急時のバックアップ体制が必須です。最低限の記録用紙は常備し、復旧後にデータ入力する運用を定めます。クラウド型サービスであれば、事業所が停電してもスマートフォンから記録できる場合があります。
まとめ
介護現場へのICT導入は、行政の支援制度を活用することで費用負担を抑えながら実現できます。重要なポイントは、現場職員を巻き込んだ計画策定、段階的な導入、継続的なサポート体制の3つです。記録業務の時間削減や情報共有の円滑化により、職員の負担軽減と介護サービスの質向上が両立します。
まず都道府県のICT導入支援事業の募集状況を確認しましょう。多くの自治体で6〜8月に募集が行われます。次に現場職員とともに課題を洗い出し、導入計画を作成します。補助金申請には計画書の提出が必要なため、早めの準備が成功の鍵です。
ICT導入は介護現場の未来への投資です。最初は戸惑いもありますが、適切なサポートがあれば誰でも使いこなせます。一歩ずつ着実に進めていきましょう。

