2021年7月、厚生労働省は「第8期介護保険事業計画に基づく介護職員の必要数」を発表しました。その時点での予測では、2025年度に約243万人の介護職員が必要だが、現状推移では約32万人不足するとされていました。あの時点から3年が経過した2024年7月、改めて第9期計画に基づく新たな推計が発表されましたが、状況は当時の予測をも上回る厳しさになっています。
本記事では、2021年の厚労省データを振り返りながら、当時の予測が現実になったのか、そして2026年以降の事業所運営に何が求められるのかを解説します。
2021年7月の厚生労働省発表:第8期計画での衝撃
2019年度基準での初めての大規模不足予測
2021年7月9日、厚生労働省が発表した第8期介護保険事業計画に基づく介護職員の必要数は、当時としては「衝撃的」でした。2019年度の介護職員数約211万人を基準として、2023年度には約233万人(+22万人)、2025年度には約243万人(+32万人)、2040年度には約280万人(+69万人)が必要という試算です。
特に注目された点は「32万人の不足」という数字の大きさでした。当時の記事では、「2025年問題が本当に来る」という危機感が全国の介護事業所に広がりました。
当時の予測:「年間5.3万人の採用が必須」
2021年7月の発表で厚労省が示した計算では、2025年度までに「年間約5.3万人(推移値から計算)のペースでの人材確保が必要」とされていました。この数字は、当時の実績「年間約3万人程度の増加」と比較して、倍近い増加ペースが必須であることを意味していました。
当時の有効求人倍率は3.65倍で、既に全職業平均1.03倍の3倍以上という採用困難な状況だったため、「この倍率の中で5万人以上を毎年採用することは可能か?」という疑問が業界全体に渦巻いていました。
当時の課題認識:訪問介護の深刻さが目立つ
2021年の調査では、訪問介護員の人手不足感は81.2%に達していました。入所系施設の不足感(約70%)と比べても、訪問介護の危機感の深さが際立っていました。
当時の分析では「訪問介護は定員概念がないため、採用できなければサービス提供時間そのものが減少する」という構造的問題が指摘されていました。夜間訪問介護員の平均年齢の高さから「5~10年で夜間訪問介護が崩壊する」という予言も存在していました。
2024年7月発表の第9期計画:3年間での変化と悪化
第8期予測から第9期へ:必要数が一層増加
2024年7月12日に発表された第9期介護保険事業計画では、状況がさらに厳しくなっていました。2026年度に約240万人(+約25万人)、2040年度に約272万人(+約57万人)が必要という試算です。
一見すると、2025年度の「+32万人」より「+25万人」と改善しているように見えますが、これは「計画期間がずれたため」です。実際には、年間の確保ペースは「年間約6.3万人」に加速しており、第8期の「年間5.3万人」から、さらに約1万人増の採用が必要になっています。
人口動態悪化により「現状推移シナリオ」が一層暗い
第8期計画時点での「現状推移シナリオ」(生産年齢人口の減少を加味した介護職員数予測)では、2025年度に約220万人と予想されていました。しかし、実際に出生数が予想以上に低下し、労働人口減少が加速したため、第9期での予測はさらに低くなっています。
つまり、2021年の発表時点では「年間5万人の採用で対応できる可能性がある」と考えられていたのに対し、2024年現在は「年間6万人以上の採用がなければ対応できない」状況に悪化しているのです。
2021年の予測通りになった点と、予想外だった点
予測通りだった点:
- 介護職員の需要が確実に増加している
- 訪問介護の不足感が深刻化している
- 有効求人倍率が高止まりしている(2021年3.65倍→2024年3.88倍)
予想を上回る悪化:
- 生産年齢人口の減少スピードが予想以上
- 2040年度の必要数が69万人から57万人に減少(高齢者のピークアウト影響)したにもかかわらず、相対不足率は悪化
- 訪問介護の危機が「5~10年」より早く顕在化した地域が複数存在
2021年から2026年:事業所が実際に直面した変化と現状
2021年に予測された「2025年問題」は本当に来たのか?
来ました。ただし、当時の予想より「空間的・時間的に不均等」な形で来ています。
東京や愛知などの都市部では、絶対数としての不足は顕在化していますが、求職者の母数もあるため、採用競争のレベルで対応している事業所が多い。一方、地方都市や過疎地では、「求職者がいない」という絶望的な状況がより早く来ています。
2021年時点で「2025年問題」と言われていたのに、実際には地域によって「既に2023年から問題顕在化している」状態です。
2021年の予測値「32万人不足」は外れたのか
第9期計画では「2026年度25万人不足」と、第8期の「2025年度32万人不足」より減少しています。しかし、これは「良くなった」のではなく、「計画期間のズレ」と「高齢者人口ピークアウト時期の前倒し」によるものです。
実際には、2021年の事業所が「2025年度までに何人採用し、離職防止に成功したか」という検証結果であり、多くの事業所が当時の目標を達成できなかったことを意味しています。
2021年に存在しなかった「新たな課題」が出現
2021年には予測されなかった課題も、この3年で顕在化しました。
認知症患者の急増対応:2025年に認知症患者が約675万人に達することは2021年時点で知られていましたが、介護職員の「認知症対応スキル」の深刻な不足が、実際には予想以上に問題化しています。
介護ロボット・ICT導入の遅れ:2021年には「業務効率化による補完」が期待されていましたが、導入が予想より遅く、人的補完が進まないままの事業所が大多数です。
外国人材受け入れの進みの遅さ:EPAやEPAによる外国人材受け入れが、言語課題や文化適応支援コストの高さから、当初の期待ほど進んでいません。
2021年当時の対応が成功したケースと失敗したケース
成功事例:2021年から準備を始めた事業所の現在
人手不足が深刻化する以前の2021年から、以下の対策を並行実施した事業所は、現在の採用・定着競争で優位に立っています。
キャリアパス整備と研修体制構築:2021年から「職員育成計画」を明確化し、入職者向けのメンター制度を整備した事業所は、現在「職員定着率」が同規模事業所の平均より10~20%高い傾向があります。
処遇改善加算上位区分への段階的取得:2021年から加算Ⅲ取得に向けた準備を始め、2022~2023年に取得した事業所は、給与競争力が向上し、採用候補者の応募数が増加しています。
潜在人材層へのアプローチ:出産・転職で一度離職した経験者の再就職支援制度を2021年から整備した事業所は、現在「再就職者による定着率」が新規採用層より10%以上高いという実績を持っています。
失敗事例:2021年に対応を後回しにした事業所の現在
一方、2021年時点では「まだ大丈夫」と判断した事業所の多くが、現在困窮しています。
採用対応の遅れ:採用チャネルの多元化を2023年以降に開始した事業所では、既に求人媒体での競争が激化しており、「掲載しても応募がない」という状況に直面しています。
職場環境改善の後手:2021年の段階では「給与さえ上げればいい」という感覚だった事業所が、2024年になって「人間関係問題」が離職理由の第1位であることに気づき、急いで職場改善に着手している段階です。
スキル育成の取り組み不足:認知症対応やICT活用の教育を2021年から計画していない事業所は、現在「新人教育期間が長くなる」「生産性が上がらない」という実務課題に直面しています。
2026年以降へ向けた教訓と今からできる対策
第8期から第9期への「推計値の変化」が示す現実
2021年発表から2024年発表への必要数の変化は、単なる「統計の更新」ではなく、「社会構造の急速な悪化」を表しています。
2021年時点の厚労省も「2040年度には69万人不足する」と予想していたのに、2024年には「57万人不足に改善する」と予想を下げました。理由は高齢者人口のピークアウトですが、「必要数自体は減る一方で、供給人数はさらに減るため、相対不足率は悪化する」という矛盾した状況です。
この矛盾は、「2026年以降、事業所は『相対的な人員配置の工夫』にシフトしなければならない」ことを意味しています。
2021年に予測されなかった「新たな戦略」の必要性
介護ロボット・センサーの本格導入:2021年時点では「補完的」と見られていた介護ロボットが、2026年以降は「必須インフラ」に変わります。見守りセンサー、移乗補助ロボット、記録自動化ツールなどの導入が、人員不足対応の鍵になります。
認知症対応専門職の体系的育成:2021年には単なる「加算対象」だった認知症対応が、2026年以降は「全職員が持つべき基礎スキル」に昇格します。事業所全体の認知症対応レベルが競争力を左右します。
離職防止から『選別採用』への転換:採用困難性が極限に達する中で、「誰でも採用して育成」から「適性の高い人材を厳選して育成」へのシフトが加速します。2021年には考えられなかった「採用基準の厳格化」が、定着率向上の鍵になります。
よくある質問(FAQ)
Q1:2021年の厚労省発表から3年、実際に予測通りになったのか?
A:部分的に予測通り、部分的に予想外です。「人手不足の顕在化」は予測通りですが、「地域差」と「職種差」は予想以上に拡大しています。訪問介護の危機は予想より早く来ました。一方、都市部の大規模施設では、採用競争で対応している事業所も存在します。
Q2:2021年に「年間5.3万人の採用が必要」とされたが、実際に達成できたのか?
A:達成できていません。2021~2024年の実績から推定すると、年間3~4万人程度の増加にとどまっており、目標の5万人に至りません。つまり、3年間で約6~9万人の「採用不足」が累積し、不足は拡大してきました。
Q3:2021年当時に対策を始めなかった事業所は、今からでも挽回できるのか?
A:困難ですが、完全に不可能ではありません。ただし、「採用」だけに頼らず、「定着促進」「業務効率化」「人員配置の最適化」の複合施策が不可欠です。2026年度までの期間は限られているため、優先順位を明確にして集中投下する必要があります。
Q4:2021年の予測が2024年に「改善」したのに、なぜ事業所の実感は逆に悪くなっているのか?
A:必要数は減りましたが、供給人数がそれ以上に減るため、「相対的な不足率」は悪化しているからです。加えて、2021年時点では「不足数32万人」と聞いても「他人事」の事業所が多かったのに対し、2024年には「実際の採用難」として全事業所が直面しているのです。
Q5:2021年の第8期計画の内容を、今でも参考にする意味があるのか?
A:あります。第8期での「過去データ分析」や「課題認識」は、第9期でも基本的には変わっていません。むしろ、2021年から2024年の「予測と現実のズレ」から学ぶことで、2026年以降の対策精度が向上します。
まとめ
2021年7月の厚生労働省発表は「当時としては衝撃的」でしたが、3年経った2024年の現在、その予測は現実になり、さらに悪化した側面もあります。「年間5.3万人の採用が必須」という当時の計算は、実際には達成されず、不足は累積してきました。
2021年から準備を始めた事業所と、後回しにした事業所の「差」は、今や経営存続の問題と化しています。2026年度という時間軸を前にした今、「当時できなかった対策」をいかに迅速に実装するかが、事業所の将来を左右します。歴史から学び、今から動く——それが2026年以降の事業継続を約束する道筋です。

