介護人材不足はなぜ「問題」なのか|経営継続・利用者・業界への3つの深刻影響

福祉経営

介護人材不足は、単なる「採用困難」ではなく、事業所の経営継続、介護サービスの品質、業界全体の存続を脅かす構造的問題です。2026年度に約25万人、2040年度に約57万人の不足が予測される中、この「不足」がもたらす具体的な悪影響は、統計数字だけでは伝わりません。本記事では、人材不足が引き起こす3つの深刻な問題を、経営・利用者・業界の視点から詳しく分析し、問題の本質を理解することで、対策の必要性を明確にします。

介護人材不足の現状データ

数字で見る深刻さ

厚生労働省が2024年7月に発表した第9期介護保険事業計画によると、2026年度に約240万人の介護職員が必要とされ、2022年度の215万人と比較して約25万人が不足します。年換算で約6.3万人の増加が必須ですが、実績は毎年1〜2万人程度に止まっており、目標達成率は約20〜30%に過ぎません

2040年度には約272万人が必要とされ、約57万人(全体の約21%)が不足する見込みです。この数字は「必要な体制の約1/5が欠員である」という経営継続不可能な状態を意味します。

有効求人倍率は約3.97倍(全職業1.15倍の約3.5倍)で、採用競争が極度に激しい状況が続いています。同時に、事業所の約69%が「人手不足」を実感しており、全国の介護施設がほぼ例外なく採用困難に直面しています。

問題1:事業所経営の危機化

経営採算の急速悪化メカニズム

人材不足が事業所経営に及ぼす影響は、単線的ではなく複合的です。以下の悪循環が形成されます。

ステップ1:職員数の減少→利用者受け入れ不可 必要な職員数に達しなければ、利用者を受け入れられません。特に施設型は職員配置基準が法令で定められており、基準を割ると営業継続ができません。

ステップ2:利用者減少→売上低下 受け入れ可能な利用者数が減少し、直結して売上が低下します。100人の利用者受け入れが可能だが70人しか受け入れられない場合、売上は30%減少します。

ステップ3:売上低下→給与改善余力喪失 採算悪化で利益が圧縮され、職員への給与改善施策を実施する資金がなくなります。結果として給与が据え置かれ、給与競争力が低下。

ステップ4:給与競争力低下→離職加速 現職員が給与条件の良い施設に流出し、既存職員の離職が加速します。入職者よりも離職者が多い「穴の開いたバケツ状態」に陥ります。

この悪循環により、3〜5年で施設の経営危機が顕在化します。実際に、2024年の介護施設の倒産・休廃業件数は過去最多の784件(全業界で約80件/月の中で介護は約65件/月)に達しています。

具体的な経営指標の悪化事例

小規模施設(職員15人)の事例では、2年前から人手不足が顕在化し、職員12人に低下。利用者数90人から65人に減少、売上は月額約350万円から250万円に低下。給与改善余力がなくなり、さらに3人の退職が発生。経営危機寸前の状況が報告されています。

一方、同規模で2年前から対策を開始した施設は、職員を15人から17人に増加させ、利用者100人、売上月額400万円を確保。好循環を形成しています。

問題2:介護サービスの品質低下と利用者への影響

見守り時間削減による重大事故リスク

職員不足により、利用者1人当たりの見守り時間が削減されます。その結果、以下の重大インシデント発生確率が上昇します。

転倒事故の増加:見守り時間削減により、転倒防止の声かけ頻度が低下。年間転倒件数が20件から30件に増加した施設も報告されています。

誤薬・介助ミスの増加:疲弊した職員による薬剤管理ミス、入浴時の体調変化見落とし、移乗時の体位変換不適切など、過失に起因する事故が増加。

認知症利用者への対応低下:認知症の行動・心理症状に対応する時間的余裕がなくなり、虐待的ケアとも取られかねない対応が増加する危険性。

サービス品質低下による利用者・家族満足度の低下

サービス品質低下は、利用者家族からの苦情増加、口コミの悪化、新規利用者獲得の困難化につながります。

SNS時代には、1件のネガティブ投稿が瞬く間に広がり、施設の評判が急落することも起こります。結果として、利用者確保がさらに困難になり、売上低下→人材不足の悪循環が加速します。

問題3:業界全体の衰退と社会的危機

「介護難民」の発生

施設が人手不足で廃業・休廃業に追い込まれれば、要介護者は介護サービスを受ける場所を失います。特に地方過疎地では、「採用ゼロ」が続く施設が急速に増加。その結果、要介護者が介護サービスを受けられない「介護難民」が生じる懸念があります。

実際に、2025年の厚労省調査では、訪問介護サービスの利用待機者が増加していると報告されています。

地域経済への波及効果

地方の介護施設は、地域最大級の雇用主です。施設が廃業すれば、地域経済に深刻な影響を与えます。同時に、介護職員の流出は地方の人口減少をさらに加速させます。

社会保障制度の持続可能性危機

介護職員不足により、介護給付費の抑制につながる可能性があります。職員不足で利用者が受け入れられなければ、本来介護保険から給付されるべき給付金が支給されず、制度の財政的効率性が低下します。

同時に、介護サービスの受け皿がなくなれば、家族介護の負担が増大。働き手が家族介護に従事せざるを得なくなり、労働供給が減少し、経済全体への悪影響が波及します。

人材不足が「問題」である理由の根本的理解

問題1:供給制約が構造的である

人材不足の根本原因は「景気悪化による求職者減」ではなく「出生数低下による現役世代人口の急減」です。この供給制約は経済が改善しても解決されません。つまり、「今から対策を始めても、2040年の57万人不足を完全に解消することは不可能」という構造的課題があります。

だからこそ、「できるだけ早く対策を開始し、不足を最小化する」ことが、業界全体の課題になるのです。

問題2:対策の遅延が指数関数的なコストになる

対策を1年遅延させれば、1年分の損失になるのではなく、複利効果により指数関数的に拡大します。給与改善の遅延、採用困難の継続、経営悪化による給与原資不足——この連鎖は加速度的に進みます。

2020年に対策を開始した施設と2024年から開始した施設の経営状況は、すでに大きく異なります。遅延のコストは、個別施設の経営問題ではなく、業界全体の衰退につながる問題です。

問題3:「問題解決」ではなく「問題の最小化」が現実的課題

人材不足の「完全解決」は構造的に不可能です。だからこそ、業界が取り組むべきは「問題の最小化」——すなわち、「不足を57万人から40万人に減らす」「離職率を15%から8%に改善する」など、現実的な目標設定です。

この認識の有無により、施設の対策戦略が大きく変わります。

よくある質問(FAQ)

Q1:人材不足は本当に解決不可能ですか?

A:完全解決は構造的に不可能ですが、最小化は可能です。対策を今から3年間継続すれば、採用数を倍増させ、離職率を改善し、人材不足を緩和することができます。重要なのは「完全解決」を目指すのではなく「最小化」を目指す現実的な戦略設計です。

Q2:人材不足が事業所経営に及ぼす影響は、本当に3〜5年で顕在化しますか?

A:施設の規模と対応速度に依存しますが、対策を講じない施設であれば3年で経営悪化が明確になります。実績から見ると、2020年以降対策を講じなかった施設は、2024年現在で経営危機に直面しているケースが多く報告されています。

Q3:地域の小規模施設は、人材不足にどのように対応すべきですか?

A:全国一律の対策は機能しません。地域特性に応じた対策が必須です。地域の複数施設での共同対策(共同研修、相互派遣、人材マッチング支援)、自治体との連携、外国人材受け入れなど、地域レベルでの戦略構築が重要です。

Q4:介護業界の衰退は避けられませんか?

A:完全な衰退は避けられませんが、減速は可能です。業界全体で「人材確保」から「人材定着・育成」へと舵を切り、処遇改善と職場環境整備に本格的に取り組めば、衰退のスピードを緩和できます。重要なのは、個別施設ではなく、業界全体の認識転換です。

Q5:現在の対策の進捗状況は、推計値に対してどの程度達成されていますか?

A:目標達成率は約20〜30%に止まっています。毎年6.3万人の採用が必須ですが、実績は1〜2万人程度です。処遇改善加算の利用率も60〜70%で、利用可能施設でも活用が十分ではありません。現在のペースでは、推計値の達成は極めて困難です。

まとめ

介護人材不足は、単なる「採用困難」という経営課題ではなく、事業所の経営継続、利用者への介護サービス提供、業界全体の存続を脅かす構造的問題です。

重要なのは「この問題を正しく理解すること」です。問題の深刻さを認識することで、初めて「完全解決ではなく最小化を目指す現実的な対策」が可能になります。

2026年の今から3年間で対策を加速できるか否かが、施設の経営、業界の衰退速度を左右します。「問題を理解し、今すぐ行動を開始する」——これが、現在の介護業界に求められています。

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