老人ホームの人手不足は、少子高齢化と低賃金・ハードワークが主な原因です。調査によると、全体の64.7%の介護事業所が人材不足を実感しており、公的機関は2025年には約32万人、2040年には約69万人の介護職員が不足すると予測しています。
この人手不足は、「入居希望者を断らざるを得ない」「サービスの質が低下する」「職員の負担が増えて離職が連鎖する」など、深刻な影響をもたらしています。
本記事では、老人ホームの人手不足がなぜ起こるのか、その原因を3つの階層に分けて解説し、施設規模を問わず今すぐ実践できる5つの対策を優先度順にご紹介します。
老人ホームにおける人手不足の現状
介護業界全体で6割超が人材不足を実感
調査「介護労働実態調査」によると、介護事業所の64.7%が「従業員が不足している」と回答しました。特に訪問介護では81.2%と、8割を超える事業所が深刻な人手不足に直面しています。
老人ホーム(特別養護老人ホーム、有料老人ホーム、サービス付き高齢者向け住宅など)でも状況は同様で、慢性的な人員不足により、新規入居者の受け入れを制限せざるを得ないケースが増加しています。
有効求人倍率は全産業の2.2倍
公的機関のデータによると、介護関連職種の有効求人倍率は3.02倍に達しており、全産業平均の1.36倍と比較して約2.2倍の高さです。これは、1人の求職者を3つの事業所が取り合う「完全な売り手市場」であることを意味します。
求人を出しても応募が集まらず、やむを得ず人材紹介会社や派遣会社に高額な費用を支払って人材を確保している施設も少なくありません。
2025年には32万人、2040年には69万人が不足
公的機関が公表した「介護職員の必要数」によると、2025年度には約32万人、2040年度には約69万人の介護職員を追加で確保する必要があるとされています。
団塊の世代が75歳以上となる「2025年問題」まで残りわずかとなった今、老人ホームの人手不足はさらに深刻化する見込みです。このままでは、介護が必要になっても施設に入れない「介護難民」が増加し、社会問題として顕在化する可能性があります。
老人ホームの人手不足が起きる3つの原因
老人ホームの人手不足は、社会構造・業界構造・施設内要因という3つの階層で原因が複雑に絡み合っています。ここでは、それぞれの原因を具体的なデータとともに解説します。
原因①:社会構造的要因 – 少子高齢化による需給ギャップ
高齢者人口の急増
公的機関の資料によると、2023年10月時点で日本の65歳以上人口は3,623万人、高齢化率は29.1%に達しています。この割合は今後も上昇を続け、2030年には30.8%、2040年には34.8%になると予測されています。
特に、介護需要が高まる75歳以上の後期高齢者人口は、2023年時点で16.1%ですが、2030年には18.8%、2040年には19.7%まで増加する見込みです。これは、老人ホームへの入居希望者が今後も増え続けることを意味します。
生産年齢人口の減少
一方で、介護の担い手となる15~64歳の生産年齢人口は、2000年の8,622万人から2022年には7,395万人まで減少しました。今後もこの傾向は続き、2030年には6,875万人、2040年には5,978万人にまで減ると推計されています。
つまり、介護を必要とする高齢者は増え続ける一方で、介護を担う若い世代は減少し続けるという「需給ギャップ」が、老人ホームの人手不足の根本的な原因となっています。
原因②:業界構造的要因 – 低賃金とハードワーク
平均年収は全業種より77万円低い
公的機関の2022年調査によると、常勤介護職員の平均給与は月額31万7,540円、年収換算で約381万円です。これに対し、全業種の平均年収は458万円であり、介護職は約77万円も低い水準となっています。
保有資格別に見ると、資格なしで年収約322万円、介護福祉士で約397万円、ケアマネジャーでも約452万円と、難関資格を取得しても全業種平均に届かない状況です。このような賃金の低さが、他業種への転職や介護職への就職をためらう大きな要因となっています。
身体的負担と夜勤の過酷さ
老人ホームでの介護業務には、入居者の移乗介助や入浴介助、排泄介助など、身体的負担の大きい作業が多く含まれます。特に特別養護老人ホームでは要介護度の高い入居者が多く、職員の腰痛や体力的な限界が離職につながるケースも少なくありません。
また、24時間体制での介護が必要な施設では夜勤があり、生活リズムの乱れや体調不良の原因となります。こうした「3K(きつい・汚い・危険)」のイメージが根強く残っていることも、人材確保を困難にしています。
原因③:施設内要因 – 人間関係と労働環境
離職理由のトップは「職場の人間関係」
調査「介護労働実態調査」では、介護職の離職理由として最も多かったのが「職場の人間関係に問題があったため」で、この理由で辞めた人の割合は年々増加しています。
具体的には、「上司の言動に問題があった」「上司の管理能力が低い」「同僚とのコミュニケーションがうまくいかなかった」などが挙げられます。老人ホームでは、入居者やその家族、医療スタッフなど多様な人々と関わるため、人間関係のストレスが他業種よりも大きくなる傾向があります。
コミュニケーション不足と評価制度の問題
人手不足の施設ほど、一人ひとりの業務量が増え、職員同士のコミュニケーションが取りにくくなります。その結果、情報共有の不足やミスの増加、さらなるストレスの蓄積という悪循環に陥ります。
また、明確な評価制度やキャリアパスが整備されていない施設では、頑張っても報われないという不満が生まれ、モチベーション低下や離職につながりやすくなります。
人手不足が老人ホームに与える3つの深刻な影響
老人ホームの人手不足は、入居者・職員・施設経営のすべてに深刻な影響を及ぼします。
影響①:入居者へのサービス低下と安全リスク
人手不足により、一人ひとりの入居者に十分な時間をかけたケアが困難になります。具体的には、入浴の回数が減る、レクリエーション活動が縮小する、個別対応の時間が削られるなど、サービスの質が低下します。
また、見守りが行き届かなくなることで、転倒や誤嚥などの事故リスクが高まります。最悪の場合、入居定員を満たせず新規受け入れを制限せざるを得なくなり、入居を希望する高齢者や家族に大きな負担を強いることになります。
影響②:職員の過重労働と離職の連鎖
人手不足の施設では、一人の職員が担当する入居者数が増え、業務量が過重になります。休憩時間が取れない、残業が常態化する、有給休暇が取得できないといった状況が生まれ、心身の疲労が蓄積します。
その結果、さらなる離職を招き、残った職員の負担がさらに増すという「離職の連鎖」が発生します。この悪循環を断ち切らない限り、人手不足の解消は困難です。
影響③:施設経営の悪化と閉鎖リスク
人手不足により入居者の受け入れを制限すると、施設の稼働率が低下し収益が減少します。一方で、人材確保のために人材紹介会社や派遣会社に高額な費用を支払うことになり、経営を圧迫します。
サービスの質が低下すれば評判が悪化し、新規入居者の獲得がさらに困難になります。最悪の場合、経営が立ち行かなくなり施設の閉鎖に追い込まれるケースも実際に発生しています。
老人ホームの人手不足を解消する5つの対策(優先度順)
ここでは、施設規模を問わず今すぐ実践できる対策を、コスト・時間・効果の観点から優先度順にご紹介します。
対策①:【低コスト・即効】職場環境とコミュニケーションの改善
まず取り組むべき最優先施策
人手不足解消の第一歩は、現在働いている職員の離職を防ぐことです。離職理由のトップが「職場の人間関係」である以上、コミュニケーション改善は最も費用対効果の高い施策といえます。
具体的な取り組み例
感謝カード制度:
職員同士で感謝の気持ちを紙に書いて渡し合う仕組み。小さな取り組みですが、職場の雰囲気改善に効 果的です。
定期的な1on1ミーティング:
管理職が職員一人ひとりと定期的に面談し、悩みや要望を聞く時間を設ける。
朝礼・終礼での気づき共有:
日々の業務で感じたことを共有する場を設け、職員間の連携を強化。
スタッフ主導の勉強会:
職員が自主的に企画する勉強会を支援し、成長機会とチームビルディングを両立。
実際に、これらの施策を導入したある地域のデイサービス施設では、求人サイトへの応募が2倍に増加し、2名の採用に成功した事例があります。
対策②:【中コスト・中期】ITシステムの導入による業務効率化
業務負担を軽減する具体的なIT活用
介護記録や日報作成、シフト管理など、本来は効率化できる業務に多くの時間が割かれている施設は少なくありません。ITシステムの導入により、これらの作業時間を大幅に削減し、入居者へのケアに集中できる環境を整えることができます。
導入を検討すべきシステム
介護記録のデジタル化:
タブレットやスマホで記録を入力し、紙の日報を廃止。
見守りセンサー:
夜間の巡回回数を減らしつつ、入居者の安全を確保。
シフト管理アプリ:
シフト作成の手間を削減し、職員の希望も反映しやすくなる。
給与前払いサービス:
職員の経済的な不安を軽減し、定着率向上に貢献。
国や自治体によるIT導入の補助金制度も活用できるため、コスト面のハードルは下がりつつあります。
対策③:【低~中コスト・即効】多様な人材の活用
短時間勤務やシニア層の活用
フルタイムでの勤務が難しい人材でも、短時間勤務や週2~3日勤務であれば働ける人は多くいます。子育て中の主婦層や、定年退職後のシニア層など、これまで採用対象としてこなかった人材にも目を向けることで、採用の母数を増やすことができます。
兼業・副業の受け入れ
近年は、副業を認める企業が増えており、他業種で働きながら週末だけ介護の仕事をしたいという人材も存在します。柔軟な働き方を認めることで、これまでアプローチできなかった人材を確保できる可能性があります。
対策④:【中~高コスト・長期】外国人介護人材の受け入れ
外国人材活用の3つの制度
政府は介護人材不足の解消に向けて、外国人材の受け入れを積極的に推進しています。主な制度は以下の3つです。
経済連携協定(EPA):
複数の国との協定に基づき、介護福祉士候補者を受け入れ。
技能実習制度:
1・2号で3年間、3号でさらに2年間、計5年間の雇用が可能。
特定技能:
技能実習からの移行により、最長10年間の雇用が可能。介護福祉士資格を取得すれば永続的な在留も見込める。
外国人材のメリット
- 若く体力のある人材を確保しやすい
- 明確な目的意識を持ち、離職率が低い傾向
- 地方の施設でも採用しやすい
- 助成金や補助金の活用が可能
外国人雇用には制度の複雑さや日本語教育のサポートなど課題もありますが、介護業界に特化した受け入れ支援会社も増えており、ハードルは下がりつつあります。
対策⑤:【中コスト・中期】資格取得支援制度の強化
職員のキャリアアップを支援
介護職員初任者研修、実務者研修、介護福祉士など、資格の取得は昇給や昇格につながり、職員のモチベーション向上をもたらします。また、資格保有者が増えることで施設の介護報酬も増加するため、施設にとってもメリットがあります。
支援制度の具体例
費用補助:資格取得にかかる受講料や受験料の全額または一部を施設が負担。
シフト調整:講義や試験の日程に合わせてシフトを柔軟に調整。
合格祝い金:資格取得時に一時金を支給し、取得へのモチベーションを高める。
政府による介護福祉士への処遇改善(勤続10年以上で月額8万円相当)もあり、資格取得支援は今後ますます重要になります。
よくある質問(FAQ)
Q1:老人ホームの人手不足はどのくらい深刻ですか?
A:介護事業所の64.7%が人材不足を実感しており、2025年には約32万人、2040年には約69万人の介護職員が不足すると予測されています。有効求人倍率は3.02倍と、全産業平均の2.2倍の高さです。
Q2:なぜ介護職は人気がないのですか?
A:主な理由は、平均年収が全業種より77万円低いこと、身体的負担が大きいこと、「3K(きつい・汚い・危険)」のイメージが根強いことです。ただし実際の離職理由は「職場の人間関係」がトップで、イメージと現実には乖離があります。
Q3:小規模な老人ホームでもできる対策はありますか?
A:低コストで即効性のある「職場環境とコミュニケーションの改善」がおすすめです。感謝カード制度や定期的な1on1ミーティングなど、大きな投資なしで離職率を下げることが可能です。
Q4:外国人材の受け入れは難しいですか?
A:制度の複雑さや日本語教育のサポートなど課題はありますが、介護業界に特化した受け入れ支援会社が増えており、以前よりハードルは下がっています。助成金や補助金の活用も可能です。
Q5:このまま人手不足が続くと、老人ホームに入居できなくなりますか?
A:既に一部の施設では新規受け入れを制限しているケースがあります。2025年問題が顕在化すると、希望しても入居できない「介護難民」が増加する可能性が高く、早急な対策が必要です。
まとめ
老人ホームの人手不足は、社会構造的要因(少子高齢化)、業界構造的要因(低賃金・ハードワーク)、施設内要因(人間関係・労働環境)という3つの階層で原因が複雑に絡み合っています。
この人手不足により、入居者へのサービス低下、職員の過重労働、施設経営の悪化という深刻な影響が生じています。
対策としては、まず低コストで即効性のある「職場環境とコミュニケーションの改善」から着手し、ITシステム導入、多様な人材活用、外国人材受け入れ、資格取得支援と、段階的に取り組むことが重要です。
2025年問題まで残りわずかとなった今、「今動かないと間に合わない」という危機感を持ち、できることから一つずつ実践していくことが、老人ホームの持続可能な運営と、高齢者が安心して暮らせる社会の実現につながります。

