介護人材不足の現状をデータで把握する重要性
介護事業を運営する上で、人材確保は最大の課題です。2026年度には約25万人、2040年度には約57万人の介護職員が不足すると推計されています。この数字は単なる予測ではなく、各自治体が第9期介護保険事業計画で算出した具体的なデータです。本記事では、公的統計データの正しい読み解き方と、そこから導き出せる実践的な経営判断を解説します。筆者は福祉事業所の経営支援を10年以上行ってきた経験から、データを活用した人材戦略の立て方をお伝えします。
最新の介護人材不足データを正確に理解する
国が公表する必要人数の推計値
厚生労働省が2024年に発表した第9期介護保険事業計画に基づくデータによると、介護職員数は2022年度時点で約215万人です。しかし今後の需要増に対応するには、2026年度までに約240万人(年間6.3万人ペースで増加)、2040年度までに約272万人(年間3.2万人ペースで増加)が必要とされています。
この推計は介護保険給付対象のサービス事業所や施設に従事する職員に加え、総合事業の相当サービスに従事する職員も含んだ実人員数です。つまり、現場で実際に働く人の頭数を示しており、非常勤職員も1人としてカウントされています。
有効求人倍率から見る採用難易度
介護関係職種の有効求人倍率は、2025年5月時点で3.41倍に達しています。これは求職者1人に対して3.41件の求人がある状態を意味し、全職種平均の1.24倍と比較すると約2.7倍の水準です。
地域別に見ると、都市部では4倍以上、地方でも2.5倍前後と、全国的に採用困難な状況が続いています。特に訪問系サービスでは有効求人倍率が15倍を超えるケースもあり、職種による格差も顕著です。
離職率データが示す定着の実態
介護職員の離職率は令和3年度で14.3%まで低下し、全産業平均の15.4%を下回る水準になりました。平成19年度には21.6%だった離職率が改善傾向にあることは、処遇改善や労働環境の見直しが一定の効果を上げている証拠です。
ただし、新規求人数の増加に対して新規求職者数は減少し続けており、離職率が下がっても採用難は解消していません。この矛盾が、現場の人手不足感をより深刻化させています。
データから読み解く人材不足の3つの構造的要因
需要と供給のギャップ拡大
高齢化の進展により、要介護認定者数は2000年の244万人から2022年には697万人へと約2.9倍に増加しました。一方、介護職員数は54.9万人から215.4万人へと約3.9倍の増加を見せていますが、需要の伸びに追いつくペースではありません。
2026年度までの4年間で年間6.3万人のペースでの増員が必要ですが、現状の増加ペースは年間3〜4万人程度にとどまっています。この差が、構造的な人材不足を生み出しています。
労働市場全体の人手不足との競合
生産年齢人口(15〜64歳)の減少により、介護業界だけでなく全産業で人材確保が困難になっています。2040年には生産年齢人口がさらに減少する見込みで、介護業界は他業種とも人材を奪い合う状況です。
介護職の平均給与は月額31万7,540円程度とされていますが、体力的・精神的負担の大きさを考えると、他業種と比較して魅力的な水準とは言えません。この賃金格差が、若年層の就業を阻む要因になっています。
地域による需給バランスの偏在
都道府県別のデータを見ると、大都市圏ほど不足数が大きくなっています。2026年度の不足数予測では、東京・大阪・愛知などの都市部で数万人規模の不足が見込まれる一方、地方でも数千人単位の不足が発生します。
75歳以上人口は都市部で急増し、地方でも緩やかに増加するため、どの地域でも人材確保策が必要です。ただし、地方では若年人口の流出により、そもそも採用の母数が少ないという別の課題があります。
データに基づく人材確保の実践的な5ステップ
ステップ1:自施設の需給状況を数値化する(所要時間:1週間)
まず現在の職員数、平均年齢、離職率を正確に把握します。次に、今後3年間のサービス提供計画から必要人員を算出し、採用目標人数を明確にしましょう。この際、退職予定者や育児休業取得者も考慮に入れることが重要です。
多くの事業所が陥りがちな失敗は、「なんとなく人が足りない」という感覚だけで採用活動を始めることです。具体的な数値目標がなければ、採用戦略も立てられません。
ステップ2:地域データから採用難易度を判断する(所要時間:3日)
自治体が公表する介護人材需給推計や、ハローワークの職業別求人倍率を確認します。自地域の有効求人倍率が3倍以上なら、従来の求人方法では採用困難と判断し、戦略の見直しが必須です。
地域の介護福祉士養成校の卒業予定者数、競合施設の数なども調べると、より精緻な採用計画が立てられます。
ステップ3:データを基に優先施策を決定する(所要時間:2週間)
有効求人倍率が高い地域では、新規採用だけでなく定着率向上に注力すべきです。離職率が全産業平均を上回っている場合は、職場環境の改善を最優先にします。
例えば、離職率が20%の事業所で年間10人を採用するより、離職率を10%に下げて採用を5人にする方が、コストも労力も少なくて済みます。データから自施設の弱点を特定し、効果的な施策を選びましょう。
ステップ4:複数チャネルでの採用活動を展開する(所要時間:継続的)
ハローワーク、求人サイト、紹介会社、養成校への働きかけ、職員紹介制度など、複数の採用ルートを確保します。データ上、特定の手法だけでは必要人数を確保できないことが明白だからです。
つまずきやすいポイントは、すべてのチャネルで同じ求人内容を出してしまうことです。媒体ごとに閲覧者層が異なるため、訴求ポイントを変える工夫が必要です。
ステップ5:効果測定と戦略の見直しを定期実施する(所要時間:月1回)
応募数、面接実施数、採用数、採用コスト、定着率などを毎月記録します。データの推移を見ながら、効果の低い施策は縮小し、効果の高い施策に予算を集中させます。
半年ごとには、厚労省の最新統計や自治体の推計値と照らし合わせ、自施設の状況が改善しているか悪化しているかを判断しましょう。
人材確保における3つの重要な注意点
楽観的なデータ解釈を避ける
「離職率が下がっているから大丈夫」という判断は危険です。離職率の改善は業界全体の努力の結果であり、採用市場の改善を意味しません。むしろ有効求人倍率は上昇傾向にあり、採用難易度は年々高まっています。
データは複数の指標を組み合わせて総合的に判断することが重要です。一つの数値だけを見て安心するのは、経営判断のミスにつながります。
全国平均データだけで判断しない
国が発表するデータは全国平均であり、地域差が大きいことを忘れてはいけません。自地域の統計を確認し、自施設が置かれた環境を正確に把握する必要があります。
例えば、全国の有効求人倍率が3.41倍でも、都市部では5倍を超え、地方では2倍台という地域もあります。自地域のデータを基に戦略を立てましょう。
短期的な対症療法に終始しない
人材紹介会社を使って急場をしのぐことも時には必要ですが、それだけでは根本的な解決になりません。データが示すように、2040年まで人材不足は続く見込みです。
中長期的な視点で、職員の育成体制の構築、働きやすい職場環境の整備、地域との連携強化など、持続可能な人材確保の仕組みづくりが求められます。
よくある質問(FAQ)
Q1: データ上の不足人数は本当に実現可能な数字ですか?
A: 第9期計画の推計は第8期より減少修正されており、実態に近づいています。ただし、年間6.3万人の増員は容易ではなく、全事業者が本気で取り組む必要があります。
Q2: 有効求人倍率が高い地域で採用を成功させる方法は?
A: 求人の魅力を高める(給与・休日・研修制度の充実)、潜在介護士へのアプローチ(復職支援)、外国人材の活用、業務効率化による必要人員の削減などを組み合わせます。
Q3: 離職率を下げるために最も効果的なデータ活用法は?
A: 退職者インタビューを実施し、離職理由を定量的に分析します。人間関係が27.5%、労働条件が20%など、データで優先課題を特定し、改善に投資します。
Q4: 小規模事業所でもデータ分析は必要ですか?
A: 規模に関わらず必要です。むしろ小規模ほど1人の離職が経営に与える影響が大きいため、データに基づく計画的な人材確保が重要になります。
Q5: 2040年以降はどうなると予測されていますか?
A: 2040年以降は高齢者人口の増加ペースが緩やかになり、必要人員の増加も落ち着くとされています。ただし、その時点でも約272万人の職員が必要で、確保困難な状況は続きます。
まとめ:データを経営の羅針盤として活用する
介護人材不足のデータは、単なる統計数字ではなく、事業所の未来を左右する重要な経営情報です。2026年度までに25万人、2040年度までに57万人の不足という現実を直視し、有効求人倍率3.41倍という厳しい採用環境を認識することが、適切な対策の第一歩です。
今すぐ実践すべきアクションは、自施設の需給状況の数値化、地域データの確認、優先施策の決定です。データに基づく冷静な現状分析と、中長期的な視点での人材戦略が、これからの介護経営には不可欠です。
一人ひとりの利用者に質の高いケアを提供し続けるために、データを味方につけた賢明な経営判断を行いましょう。人材確保の課題は決して簡単ではありませんが、正確なデータ分析と着実な実践によって、必ず道は開けます。
