訪問看護の人員不足は、看護師総数128万人のうち訪問看護従事者がわずか6万人(4.6%)という構造的な問題です。2025年までに13万人が必要とされる中、現状は目標の半分以下にとどまっています。
厚生労働省のデータによると、訪問看護利用者は10年で3倍(23万人→58万人)に増加する一方、人員は需要に追いついていません。赤字経営のステーションが約3割を占め、待遇改善も困難な状況です。
本記事では、小規模ステーション(職員5名以下)でも実践できる人員不足対策を、費用・効果・即効性の3軸で評価します。失敗事例も含め、管理者が今日から始められる具体的なアクションを提示します。
訪問看護の人員不足|3つの根本原因
原因①需要が10年で3倍に急増
厚生労働省の「介護サービス施設・事業所調査」によると、訪問看護の利用者数は2011年の23万4,846人から、2021年には58万7,658人へと約3倍に増加しました。
高齢化の進行により、「病院ではなく自宅で療養したい」「最期まで家族と暮らしたい」というニーズが急速に高まっています。2025年には団塊の世代が75歳以上となり、さらなる需要増が見込まれます。
一方、訪問看護に従事する看護師は2020年時点で約6万人。2025年までに13万人が必要とされていますが、現状では目標の半分以下です。
需要の急増に人員確保が追いつかず、既存スタッフの負担が増大する悪循環に陥っています。
原因②訪問看護を選ぶ看護師が極端に少ない
看護師総数128万人のうち、訪問看護ステーションに勤務するのはわずか6万人(4.6%)にすぎません。病院勤務が88万人(68.8%)、クリニック勤務が16万人(13.2%)と比較すると、訪問看護の不人気ぶりが際立ちます。
訪問看護を避ける理由として、以下が挙げられます。
- 1日に何軒も訪問する体力的負担
- 1人で判断・対応する不安
- オンコール対応のプレッシャー
- 他職種連携のコミュニケーション負担
- 病院より給与が低いイメージ
- 先進医療より地域医療への関心の低さ
看護学校での訪問看護教育時間も限られており、学生が訪問看護の魅力を知る機会が少ないことも要因です。
原因③赤字経営で待遇改善が困難
厚生労働省の「令和4年度介護事業経営概況調査」によると、訪問看護ステーションの約3割が収支差率0%以下、つまり赤字経営です。
人材確保のために給与を上げたくても、経営の余裕がないステーションが多く存在します。採用費用や人材紹介手数料も高額で、1人採用するのに50万円〜100万円かかるケースもあります。
赤字のため待遇改善ができず、求人に応募が集まらない。人手不足で既存スタッフの負担が増え、離職が加速する。さらに赤字が悪化する。この負のスパイラルが、人員不足を深刻化させています。
訪問看護ステーションが取るべき5つの優先対策
対策①未経験者サポート体制の強化(効果度★★★★★/費用★/即効性★★★)
なぜ最優先か:
訪問看護経験者の採用は困難ですが、病院経験のみの看護師は多数います。未経験者を受け入れる体制を整えれば、採用の間口が大幅に広がります。
具体的なアクション:
1. 同行訪問期間を最低2ヶ月確保
1人での訪問開始を焦らず、先輩看護師との同行を十分に行います。利用者の状態把握、関連職種との連携方法、緊急時の判断基準を実地で学べます。
2. 訪問マニュアルの整備
よくある状況(褥瘡処置、吸引、緊急時対応等)をマニュアル化し、いつでも確認できるようにします。スマートフォンで閲覧できる電子版なら、訪問先でも安心です。
3. 定期的な振り返りミーティング
週1回30分、新人看護師の不安や疑問を共有する時間を設けます。「こんなとき、どう判断すればいい?」を気軽に相談できる雰囲気作りが離職防止の鍵です。
成功事例:
関東地方のステーションAでは、同行訪問期間を1ヶ月→2ヶ月に延長。新人の1年以内離職率が30%→8%に激減しました。
失敗事例:
関西地方のステーションBは、人手不足で同行訪問を3週間に短縮。新人が不安を訴え、3ヶ月で退職しました。「焦らせず育てる」姿勢が重要です。
対策②ICT導入で記録・移動時間を削減(効果度★★★★/費用★★★/即効性★★★★)
なぜ効果的か:
記録業務や事務所への往復時間を削減すれば、残業が減り、ワークライフバランスが改善します。「働きやすい職場」として離職防止と採用アピールに繋がります。
具体的なアクション:
1. クラウド型電子カルテ導入
訪問先や移動中にスマートフォン・タブレットで記録を完結できます。事務所に戻って手書き→転記する手間が不要になり、記録時間が1日1時間→20分に短縮されたケースもあります。
2. 業務用チャットツール活用
業務に適した無料ツールでも十分です。「○○さんの状態が変化」「急な訪問依頼」などをリアルタイムで共有でき、電話連絡の手間が減ります。
3. 直行直帰の導入
電子カルテとチャットツールがあれば、朝夕の事務所立ち寄りが不要になります。通勤時間が片道30分なら、1日1時間の負担軽減です。
成功事例:
関西地方のステーションCは、電子カルテ導入後、職員の残業時間が月平均15時間削減。離職率が18%→12%に低下しました。
失敗事例:
中部地方のステーションDは、高機能な電子カルテを導入しましたが、操作が複雑で職員が使いこなせず。結局、手書き記録に戻りました。「シンプルで直感的」なシステム選びが重要です。
対策③柔軟な働き方の導入(効果度★★★★/費用★★/即効性★★★)
なぜ効果的か:
子育て中の看護師、体力に不安がある看護師も、働きやすい環境を整えれば戦力になります。多様な働き方を認めることで、採用の裾野が広がります。
具体的なアクション:
1. 短時間正社員制度の導入
1日6時間勤務など、短時間でも正社員として雇用します。子育て中の看護師が「訪問件数は少なくても、安定した雇用で働きたい」というニーズに応えます。
2. オンコール当番の選択制
「オンコール対応は不安」という看護師には、日中のみの勤務を認めます。オンコール手当を厚くして、対応できる職員に集中させる方法も有効です。
3. 希望休の優先
月に2〜3日、職員の希望を優先してシフトを組みます。家庭の事情や体調に配慮した柔軟な対応が、職員の満足度を高めます。
成功事例:
九州地方のステーションEは、短時間正社員制度導入後、育児中の看護師を5名採用。育児離職率がゼロになりました。
対策④SNS・ホームページで魅力発信(効果度★★★/費用★/即効性★★)
なぜ効果的か:
求職者は事前にホームページやSNSで職場を調べます。「どんな雰囲気の職場?」「どんな先輩がいる?」が分かれば、応募のハードルが下がります。
具体的なアクション:
1. ホームページで職員紹介
顔写真付きで職員の経歴、訪問看護の魅力、1日の流れを紹介します。「未経験から始めた○○さん」など、求職者が共感できる内容が効果的です。
2. SNSで日常を発信
訪問風景(利用者の顔は出さない)、ミーティングの様子、職員の笑顔など、職場の雰囲気が伝わる写真を週1回投稿します。
3. 採用動画を1分で作成
スマートフォンで撮影した1分動画で「当ステーションの魅力」を伝えます。管理者や職員の生の声が、信頼感を生みます。
成功事例:
中国地方のステーションFは、SNS開設後、「雰囲気が良さそう」という理由で応募が1.5倍に増加しました。
対策⑤補助金・助成金の活用(効果度★★★★/費用★(むしろプラス)/即効性★★)
なぜ効果的か:
国の補助金・助成金を活用すれば、ICT導入費用や賃金引き上げ費用の一部を賄えます。小規模ステーションでも活用できる制度があります。
具体的なアクション:
1. 業務改善助成金(最大600万円)
事業所内の最低賃金を30円以上引き上げ、ICT導入など生産性向上の設備投資を行った場合、費用の一部(最大600万円)が支給されます。
申請手続きは面倒ですが、賃金アップとICT導入を同時に実現できる大きなチャンスです。
2. 働き方改革推進支援助成金(最大200万円)
残業削減と有給休暇促進のための職場環境整備に取り組む中小企業に、経費の一部(最大200万円)が支給されます。
ICT導入、勤怠管理システム導入などが対象になります。
3. 自治体独自の補助金
都道府県や市区町村が独自に訪問看護ステーション向けの補助金を設けているケースがあります。自治体のホームページや商工会議所で確認してください。
成功事例:
関東地方のステーションGは、業務改善助成金で電子カルテを導入。費用の75%が補助され、残業時間が月20時間削減されました。
小規模ステーション(職員5名以下)の現実的な優先順位
まず①未経験者サポートから始める
小規模ステーションでは、ICT導入の予算確保が難しいケースもあります。まずは費用がほとんどかからない「未経験者サポート体制」から着手してください。
同行訪問期間の延長、マニュアル整備、定期ミーティングは、今日から始められます。
次に③柔軟な働き方を検討
短時間正社員やオンコール選択制は、制度設計が必要ですが、大きな費用はかかりません。「子育て中でも働ける」環境を整えれば、採用の裾野が広がります。
最後に②ICTと⑤補助金を並行検討
補助金申請のタイミングに合わせて、ICT導入を計画します。費用の50〜75%が補助されるため、小規模ステーションでも導入しやすくなります。
よくある質問(FAQ)
Q1: 小規模ステーション(職員5名以下)でも人員不足対策は可能ですか?
A: 可能です。未経験者サポート体制の強化、柔軟な働き方の導入は、費用をかけずに今日から始められます。同行訪問期間を2ヶ月確保し、短時間正社員制度を導入すれば、採用の間口が広がります。ICT導入は補助金(最大600万円)を活用することで、小規模でも実現できます。
Q2: どの対策から始めるべきですか?
A: 最優先は「未経験者サポート体制の強化」です。費用がほとんどかからず、即効性があります。同行訪問期間を延長し、定期ミーティングを設けるだけで、新人の1年以内離職率が30%→8%に減少した事例もあります。次に、柔軟な働き方の導入、ICT導入と補助金活用の順に進めてください。
Q3: ICT導入にかかる費用はどのくらいですか?
A: クラウド型電子カルテは、初期費用10万円〜、月額費用は1人あたり5,000円〜1万円が目安です。ただし、業務改善助成金を活用すれば、費用の50〜75%が補助されます。例えば、初期費用50万円の場合、37.5万円(75%補助)が戻ってきます。無料のチャットツールから始めるのも有効です。
Q4: 補助金申請は難しいですか?
A: 申請書類の作成には手間がかかりますが、社会保険労務士に依頼すれば代行してもらえます(費用は助成金額の10〜20%)。厚生労働省や自治体の窓口でも相談できます。申請のハードルより、賃金アップとICT導入を同時に実現できるメリットの方が大きいです。
Q5: 赤字経営でも人員確保は可能ですか?
A: 可能です。まず、費用がかからない対策(未経験者サポート、柔軟な働き方)から始めます。離職率が下がれば、採用コストが削減され、経営が改善します。
次に、補助金を活用してICT導入し、業務効率化で残業コストを削減します。黒字化してから採用するのではなく、採用・定着で黒字化を目指す発想が重要です。
まとめ|今日から始める3つのアクション
訪問看護の人員不足は、看護師128万人のうち訪問看護従事者が6万人(4.6%)しかいない構造的な問題です。需要は10年で3倍に増加し、2025年までに13万人が必要ですが、現状は目標の半分以下です。
小規模ステーションでも、優先順位を明確にすれば人員確保は可能です。
今日から始める3つのアクション:
1. 未経験者サポート体制を見直す
同行訪問期間を最低2ヶ月に設定し、訪問マニュアルを整備します。週1回30分の振り返りミーティングを設け、新人の不安を早期に解消してください。
2. 柔軟な働き方を検討する
短時間正社員制度、オンコール選択制、希望休の優先など、多様な働き方を認める制度を設計します。子育て中の看護師も働きやすい環境を整えてください。
3. 補助金情報を確認する
業務改善助成金(最大600万円)、働き方改革推進支援助成金(最大200万円)の申請条件を確認します。ICT導入と賃金アップを補助金でサポートし、費用負担を軽減してください。
人員不足対策は一度にすべてを実行する必要はありません。優先度の高い対策から、一つずつ確実に実行することが、持続可能な人材確保に繋がります。

