はじめに
【問い】訪問介護の人材不足はなぜ深刻なのか?
【答え】訪問介護の人材不足は、応募者がいない「採用難」と、新人の30%が1年以内に辞める「定着難」の二重苦が原因です。
2024年、訪問介護の有効求人倍率は14.14倍。14人の求人に対し応募者は1人だけです。さらに、採用できても3割が1年以内に離職。この悪循環が、事業所の経営と利用者の生活を脅かしています。
本記事では、厚生労働省の最新データをもとに、人材不足の構造、2025年問題との関係、事業所規模別の実践的対策を解説します。
訪問介護の人材不足の現状:数字で見る深刻度
有効求人倍率14.14倍の衝撃
訪問介護の人材確保は、数字で見ると危機的状況です。
厚生労働省の調査によると、訪問介護員の有効求人倍率は14.14倍(2023年度)。これは全産業平均の1.36倍と比較して、10倍以上の競争率です。
具体的には、14人分の求人を出しても、応募者は1人しかいない計算です。しかも、その1人が必ず採用に至るわけではありません。「応募者ゼロ」の求人票が常態化している事業所も少なくありません。
介護労働安定センターの調査では、訪問介護事業所の90%が「採用が困難」と回答。採用活動そのものが、経営者・管理者の大きな負担となっています。
出典: 厚生労働省「職業安定業務統計」、介護労働安定センター
ヘルパー数7.2%減少の実態
人材確保が困難な一方で、既存のヘルパーも減少しています。
厚生労働省のデータでは、2023年5月から2024年5月の1年間で、訪問介護員(ホームヘルパー)の数は7.2%減少しました。全国で数万人規模の減少です。
減少の主因は、ヘルパーの高齢化です。平均年齢は50.5歳で、60歳以上が多数を占めます。今後数年で定年退職による大量離職が予想されます。
新規参入者が少なく、既存ヘルパーが高齢化し離職する。この「入口狭く、出口広い」構造が、人材不足を加速させています。
出典: 厚生労働省「介護労働実態調査」
事業所倒産が過去最多67件
人材不足は、事業所の経営を直撃しています。
民間調査機関の調査によると、2024年の訪問介護事業所の倒産件数は67件で、過去最多を更新しました。3年連続での増加です。
倒産理由の81%が「売上不振」、40%が「人手不足・ヘルパーの高齢化」です。利用者を確保できても、サービスを提供するヘルパーがいない。この矛盾が経営を圧迫しています。
さらに深刻なのは、新規利用者の受入停止です。訪問介護事業所の59.7%が新規受入を制限しており、需要があっても応えられない状況が広がっています。
出典: 民間調査機関
人材不足は「採用難」×「定着難」の二重苦
訪問介護の人材不足の本質は、「来ない」と「辞める」の悪循環です。
採用難の3つの壁
第1の壁: 若年層の業界回避
訪問介護は「きつい・汚い・危険」の「3K」イメージが根強く、若年層の就職先として敬遠されます。介護福祉士養成校の入学者数は、2010年の約2万人から2023年には約5,000人に激減しています。
第2の壁: 応募者の質・量不足
有効求人倍率14.14倍の超売り手市場では、経験者はほぼ転職市場にいません。未経験者を採用しても、訪問介護の業務(単独訪問、医療的判断、利用者宅での柔軟な対応)には高度なスキルが必要で、即戦力化が困難です。
第3の壁: 採用コストの高騰
人材紹介会社を利用すると、1人あたり50万円~100万円のコストがかかります。小規模事業所にとっては大きな負担です。求人サイトへの掲載費用も年間数十万円に及びます。
出典: 介護労働安定センター
定着難の3つの原因
第1の原因: 単独訪問による孤立感
訪問介護の最大の特徴は、ヘルパーが一人で利用者宅を訪問することです。困ったときに相談できる同僚がいない。この孤独感は、特に新人にとって大きなストレスです。
介護労働安定センターの調査では、85.3%のヘルパーが単独勤務に不安を感じていると回答しています。
第2の原因: 報酬への不満
訪問介護員の平均年収は約380万円で、全産業平均の458万円より約78万円低い水準です。
さらに深刻なのは、移動時間が無給であることです。ヘルパーは1日平均5件の利用者宅を訪問しますが、移動時間(平均2時間)は報酬の対象外。実質的な時給は、さらに低下します。
第3の原因: キャリアパスの不透明さ
訪問介護では、昇給や役職ポストが限られています。「この仕事を続けても、将来どうなるのか」という不安が、若手の離職を招いています。
介護福祉士への道は、実務経験3年と研修受講が必要で、時間がかかります。明確なキャリアビジョンを描きにくいのです。
出典: 厚生労働省「賃金構造基本統計調査」、介護労働安定センター
悪循環のメカニズム
採用難と定着難は、互いに悪化させ合います。
悪循環の構造:
- 採用難で人員が不足
- 既存スタッフの負担が増大(長時間労働、担当件数増加)
- 疲弊したスタッフが離職(定着難)
- さらに人員不足が深刻化(採用難が加速)
この負のスパイラルが、事業所を疲弊させ、利用者へのサービス提供を困難にしています。
2025年問題が訪問介護を直撃する3つの理由
2025年、団塊の世代が全員75歳以上となります。この「2025年問題」は、訪問介護に特に深刻な影響を与えます。
理由①ヘルパーの高齢化が施設より深刻
訪問介護ヘルパーの平均年齢は50.5歳。施設介護職員の45.7歳と比較して、約5歳高い水準です。
60歳以上のヘルパーが多数を占めるため、2025年前後に定年退職による大量離職が予想されます。厚生労働省の推計では、訪問介護分野だけで数万人規模の人材流出が懸念されています。
新規参入者が少ない中での大量離職は、事業所の存続を脅かします。
出典: 厚生労働省、介護労働安定センター
理由②在宅ニーズの急増
政府調査では、高齢者の約8割が「最期まで自宅で暮らしたい」と回答しています。
団塊の世代が75歳以上となることで、在宅介護のニーズは急増します。一方、特別養護老人ホームなど施設の受け皿は限られており、訪問介護への需要集中が予想されます。
需要が増えても、供給(ヘルパー数)が減少する。この需給ギャップが、2025年問題の本質です。
出典: 政府調査「高齢社会白書」
理由③事業所の経営体力不足
2024年4月の介護報酬改定で、訪問介護の基本報酬は2~3%削減されました。
一方、人件費や物価は上昇しており、事業所の経営は厳しさを増しています。特に小規模事業所(ヘルパー10名未満)は、処遇改善加算の取得も困難で、賃上げの原資を確保できません。
経営体力が不足する中で2025年問題を迎えることは、地方を中心に「訪問介護難民」が急増するリスクを意味します。
出典: 厚生労働省「令和6年度介護報酬改定」
利用者・家族が直面する3つの困りごと
人材不足のしわ寄せは、最終的に利用者と家族に及びます。
【実例】都内在住Aさん(78歳)の娘の体験
「母の訪問介護を探し始めたのは3ヶ月前。5つの事業所に問い合わせましたが、すべて『現在新規受入を停止しています』との回答。ようやく1つ見つかりましたが、希望の曜日・時間帯には来てもらえません。仕事を辞めて介護に専念することも考えています」
困りごと①新規受入拒否
訪問介護事業所の59.7%が新規利用者の受入を制限しています(民間調査機関調査)。
ヘルパーが不足しているため、既存利用者へのサービス提供だけで手一杯。新規の依頼を断らざるを得ないのです。
結果として、訪問介護を必要とする高齢者が、3ヶ月以上待機するケースも珍しくありません。その間、家族が仕事を休んで介護するか、施設入所を検討せざるを得ません。
出典: 民間調査機関
困りごと②緊急時対応の遅延
ヘルパーの数が少ないと、急な体調変化や転倒などの緊急時に、迅速な対応ができません。
「いつも来てくれるヘルパーさんが休みの日に、母が転倒した。事業所に連絡しても『今日は対応できる人がいません』と言われ、救急車を呼ぶしかなかった」(利用者家族の声)
緊急時のサポート体制が脆弱なことは、利用者と家族にとって大きな不安材料です。
困りごと③地域格差の拡大
人材不足の影響は、地域によって大きく異なります。
都市部:
複数の事業所が存在し、選択肢はあります。ただし、競争が激化しており、人気の時間帯(午前中)や曜日(平日)は予約が取りにくい状況です。
地方:
事業所が1つしかない地域も多く、そこが新規受入を停止すると、訪問介護を利用できなくなります。過疎地では、事業所自体が撤退するリスクもあります。
地域格差は、「住んでいる場所によって、受けられる介護サービスが決まる」という不平等を生んでいます。
規模別・予算別「今できる対策」
訪問介護の人材不足を解消するには、事業所の規模と予算に応じた対策が必要です。
小規模事業所(ヘルパー10名未満)の対策
小規模事業所は、経営資源が限られています。低コストで実行できる対策を優先しましょう。
【緊急×低コスト】すぐに始められる施策
①紹介採用の強化
既存スタッフから知人・友人を紹介してもらう「リファラル採用」は、最も効果的です。
紹介者は職場の実情を知っているため、入職後のミスマッチが少なく、定着率が高まります。紹介が成功した場合、紹介者に報奨金5万円を支給する制度を導入しましょう。
人材紹介会社の手数料(50万円~)と比較すると、大幅なコスト削減になります。
②柔軟なシフト導入
従来の「フルタイム・週5日勤務」にこだわらず、短時間勤務(1日2~3時間)、週2~3日勤務、土日のみ勤務など、多様な働き方を認めましょう。
子育て中の主婦層、副業希望者、定年後のシニア層など、採用の間口が広がります。
【中期×要投資】将来を見据えた施策
①近隣事業所との業務提携
緊急時の相互支援、研修の共同実施、採用活動の連携など、近隣の訪問介護事業所と協力関係を築きましょう。
単独では困難な施策も、複数事業所で協働すれば実現可能です。
②処遇改善加算の取得サポート
処遇改善加算を取得すれば、月37,000円/人の給与アップが可能です。しかし、要件が複雑で、小規模事業所には取得が困難です。
社会保険労務士や自治体の支援窓口を活用し、専門家のサポートを受けましょう。投資(社労士費用10~30万円)以上のリターンが期待できます。
中規模事業所(10~30名)の対策
中規模事業所は、ある程度の投資余力があります。ICTやチーム制など、業務効率化と働きやすさ向上に取り組みましょう。
【緊急×要投資】効果が高い施策
①ICTツールの導入
記録のデジタル化、シフト管理の自動化、利用者情報の共有システムなど、ICTツールを導入しましょう。
導入事例では、記録業務の時間が年間200時間削減されました。ヘルパーの負担軽減と業務効率化の両方が実現します。
厚生労働省のICT導入補助金(最大100万円)を活用できます。
②チーム制の導入
複数のヘルパーで利用者を担当する「チーム制」を導入しましょう。
単独訪問の孤立感が解消され、新人育成もしやすくなります。緊急時のカバー体制も強化されます。
【中期×構造改革】将来への投資
外国人材の受入準備
特定技能ビザを活用した外国人介護人材の受入を検討しましょう。
日本語研修体制、生活支援体制(住居、通訳、メンタルケア)の整備が必要ですが、中長期的な人材確保の柱となります。
出典: 厚生労働省「介護ロボット・ICT導入支援事業」
大規模事業所(30名以上)の対策
大規模事業所は、組織的な人材育成と、地域での存在感向上に取り組みましょう。
【緊急】組織力強化
①処遇改善加算の最大化
特定処遇改善加算を最大限活用し、月37,000円/人の給与アップを実現しましょう。
勤続10年以上のベテランには、さらに上乗せして月8万円の処遇改善も可能です(特定処遇改善加算Ⅰ)。
②キャリアパス制度の整備
「ヘルパー→サービス提供責任者→管理者」といった明確なキャリアパスを整備し、昇給・昇格の基準を明示しましょう。
介護福祉士資格取得のための研修費用補助、勤務シフト調整なども効果的です。
【中期】地域連携とブランディング
①地域包括支援センター・医療機関との協働
地域の医療機関、地域包括支援センターと連携し、「地域で頼られる訪問介護事業所」としての認知度を高めましょう。
地域連携が強化されると、紹介による利用者獲得、人材紹介の増加にもつながります。
②働きやすい職場としてのブランディング
「残業なし」「有給取得率100%」「育児・介護との両立支援」など、働きやすさを積極的に発信しましょう。
SNS、求人サイト、地域メディアを活用したPRが効果的です。
出典: 厚生労働省
よくある質問(FAQ)
Q1: 人材不足と人員不足の違いは?
A: 人員不足は「頭数」の不足、人材不足は「質の高い人材」の不足です。訪問介護は両方が深刻で、応募者がいない(量)かつ、経験者・有資格者が少ない(質)状況です。
Q2: 小規模事業所でも実行できる対策は?
A: 紹介採用強化(報奨金5万円)、柔軟シフト導入(短時間・副業OK)、近隣事業所との提携が低コストで効果的です。処遇改善加算は社労士活用で取得可能性が高まります。
Q3: 2025年以降、訪問介護はなくなる?
A: なくなりません。高齢者の8割が在宅希望で需要は増加します。ただし経営難の事業所は淘汰され、質の高いサービス提供事業所が生き残ります。
Q4: 利用者・家族が今できることは?
A: 早めの事業所探し(待機期間3ヶ月想定)、複数事業所への登録、地域包括支援センターへの相談が有効です。家族介護の限界を事前に伝えましょう。
Q5: 処遇改善加算を取れない理由は?
A: 要件の複雑さ(キャリアパス制度、研修計画、実績報告)が主因です。小規模事業所は事務負担が重く、専門知識も不足しがち。社労士や自治体支援の活用が鍵です。
まとめ
訪問介護の人材不足は、「採用難」と「定着難」の二重苦が本質です。有効求人倍率14.14倍の超売り手市場で応募者がいない一方、採用できても新人の30%が1年以内に離職する悪循環が続いています。
2025年問題で状況はさらに深刻化します。ヘルパーの高齢化、在宅ニーズの急増、事業所の経営難が重なり、地方を中心に「訪問介護難民」が急増するリスクがあります。
今すぐ始めるべきアクション:
- 小規模事業所: 紹介採用強化、柔軟シフト導入、処遇改善加算の取得サポート活用
- 中規模事業所: ICT導入、チーム制、外国人材受入準備
- 大規模事業所: 処遇改善の最大化、キャリアパス整備、地域連携強化
- 利用者・家族: 早めの事業所探し、複数登録、地域包括支援センター活用
訪問介護の未来を守るため、事業所・ヘルパー・利用者・行政が連携し、立場を超えた協働が必要です。小さな一歩から、今日から始めましょう。

