介護人手不足なのに採用難・給与低迷の矛盾|構造的課題の本質と解決の道

福祉経営

介護業界には、一見すると矛盾した現象が同時に存在します。「人手が足りない」と言いながら、「採用が難しい」「給与が上がらない」「職員が定着しない」—— この矛盾はなぜ起こるのか。

この矛盾の本質は「介護不足は市場の失敗である」ということです。 一般的なビジネスロジックでは、「モノが足りない→価格が上がる→供給が増える」という循環が起こります。しかし介護業界では、いくら「人が足りない」と言っても、給与は上がらず、人手不足が改善されません。本記事では、この矛盾が生じるメカニズムを分析し、構造的な解決策を提示します。この記事を読むことで、介護人手不足が「採用問題ではなく経営・政策の問題」であることが理解でき、実装可能な対策が見えてきます。

介護業界の「矛盾の構図」:需要と供給の逆転

なぜ人手不足なのに採用が難しいのか

矛盾1:求人倍率が全職業の3倍超なのに採用がつまずく

厚生労働省のデータによると、介護職の有効求人倍率は3.88倍(全職業平均1.27倍の約3倍)です。経済学的には、「これだけ求人が多ければ、労働者は殺到するはず」です。

しかし実際には、多くの施設が「採用の難しさ」を訴えています。その理由は、求人数は多いが、施設側の「採用条件」は実質的に限定されているからです。

例えば:

  • 夜勤可能な若年層:実際は20代の半数以上は異業種へ流出
  • 地方での採用:都市部への人口流出で応募者激減
  • 無資格者の採用:介護知識ゼロで即戦力化に3ヶ月要する

つまり、「求人数」と「採用可能性」のギャップが、「人手不足なのに採用難」という矛盾を生んでいるのです。

なぜ人手不足なのに給与が上がらないのか

矛盾2:需給逼迫なのに給与は全業種平均より低い

経済学の基本原則「需給逼迫→価格上昇」が適用されないのはなぜでしょうか。

その理由は、介護職の給与は「市場メカニズム」ではなく「介護保険制度」という政策枠内で決定されるからです。

具体的には:

  • 施設の収入源=介護保険の報酬単価(国が決定)
  • 報酬単価は年1回程度の改定のみ
  • 施設側は報酬内での人件費配分を強いられる
  • 給与を大幅に上げると、経営を圧迫
  • 結果、給与は「経営維持」「競合施設との相対比較」で決定

つまり、「人手が足りない」という現場の叫びが、「給与引き上げ」という市場メカニズムに直結しない、政策的な硬直性が、矛盾を生んでいるのです。

なぜ人手不足なのに職員が辞め続けるのか

矛盾3:追加採用より既存職員の維持が経済的に有利なはずなのに離職が続く

経営学的には、「既存職員を1人失うコスト」は「新人を採用して育成するコスト」より小さいはずです。(採用費用・研修時間・初期生産性低下を考慮すると)

なのに、なぜ年間13.6%(全業種平均7.8%の約1.7倍)の離職率が続くのか。

その理由は、職員個人にとって「転職」が「現職継続」より経済的・心理的に有利だからです。

具体例:

  • A職員(介護職5年目、月25万円)が転職→同等級の他業種で月28~30万円
  • 職場人間関係の改善(時間がかかる)より、「転職で新しい環境」(即座に改善)を選択
  • 結果、「経営側が維持したい」職員ほど、離職するという矛盾

「矛盾の本質」:介護は「市場の失敗」である

市場メカニズムが機能しない理由

介護業界の矛盾は、経済学の「市場の失敗」理論で説明できます。

①外部性(正の外部性):利益が市場に反映されない

  • 高齢者ケアは「社会全体への利益」が大きいが、その価値が「職員給与」に反映されない
  • 結果:個人的インセンティブ(給与)が低い

②不完全競争:施設間の給与競争が成立しない

  • 全施設が「介護保険報酬」という共通の枠内で動く
  • 給与で差別化する余地が小さい(大幅引き上げ=経営危機)
  • 結果:給与競争が機能しない

③情報の非対称性:労働市場が機能していない

  • 求職者は「介護職の実態」(給与、人間関係、身体負担)を事前把握困難
  • 入職後に「イメージと現実」のギャップが判明→離職
  • 結果:「採用しても定着しない」という悪循環

構造的課題の解決:個別施設レベル、業界レベル、国家レベル

個別施設レベルで可能な改革

「市場の失敗」を完全には解決できませんが、施設単位での工夫で対策可能です。

①情報透明化による採用改善 職場の実態(給与、シフト、人間関係評価)をHP・SNS・動画で事前開示。採用後のギャップ軽減。結果:採用定着率向上。

②給与配分の最適化 「全員均等昇給」から「経験・成果・資格による差別化」へシフト。限られた給与原資で、モチベーション向上。結果:優秀層の定着率向上。

③職場環境改革(給与以外での競争力向上) 「給与では競争できない小規模施設」は「職場の人間関係」「スキル育成」「やりがい」で差別化。結果:同業他社との相対的な競争力向上。

期待効果: 施設レベルで離職率3~5%改善、採用定着率20~30%向上

業界レベルでの構造改革

①処遇改善加算の拡充 政府の「処遇改善加算」(年2,000億円規模)の重点化。全施設平均ではなく、人材確保困難地域・施設への集中投資。

②給与基準の国家的設定 「介護職の最低給与額」を国が標準化。報酬単価改定時に「人件費率70%以上」などの目標設定。

③労働環境の法的規制 夜勤の上限回数、連続勤務の禁止、有給休暇の義務化など。「経営裁量」から「法的要件」へ。

期待効果: 業界全体で給与向上、採用環境改善、離職率低下

国家レベルでの構造的対応

①介護保険報酬の大幅引き上げ 現在の報酬では「人件費に充当する原資」が限定的。根本的には、介護保険料の引き上げ、公的負担の増加が必須。

②外国人材受け入れの本格化 少子化で国内労働力の増加が見込めない中、EPA・特定技能などの制度拡充。ただし「受け入れ体制」(日本語教育、文化適応支援)の充実が前提。

③介護職の社会的地位向上 「介護職=低賃金労働」という社会認識の改変。メディア、教育機関を通じた「介護職の社会的価値」の発信。


よくある質問(FAQ)

Q1:個別施設が「市場の失敗」に対抗できますか?

A: 完全な対抗は困難ですが、「職場環境」「透明性」「スキル育成」で部分的な対抗は可能です。実際に、小規模施設が「大規模施設より定着率が高い」ケースが増えており、給与以外の競争力が重要であることが証明されています。

Q2:給与を上げずに人手不足対策は可能ですか?

A: 短期的には可能です。「職員ヒアリング→業務改善」で月20~30時間の負担削減、「人間関係改善」で離職率3~5%低下が期待できます。ただし、1年以上の長期では、給与改善なしに人手不足を完全に解決することは困難です。

Q3:なぜ政府は報酬を大幅に上げないのですか?

A: 介護保険料(国民負担)と公的財源のバランス問題です。報酬を大幅に上げれば、介護保険料が跳ね上がり、国民負担が増加します。政治的に「高齢者サービスのために若年層の負担増」を国民が受容するかは、社会的合意の問題です。

Q4:外国人材受け入れで人手不足は解決されますか?

A: 部分的には解決されます。ただし、言語教育、文化適応、労働法遵守などの課題があり、「外国人材の質」「定着率」が国内採用と同等かどうかが課題です。2025年以降の実績から判断が必要です。

Q5:長期的に介護人手不足は改善しますか?

A: 2040年ピークまでは改善困難です。その後、高齢者減少に伴い、介護需要も低下するため、相対的な人手不足感は緩和されます。ただし、2040年までの「重症期」への対応が、社会全体の課題です。

まとめ

介護業界の「人手不足なのに採用難・給与低迷」という矛盾は、単なる「経営問題」ではなく、「市場メカニズムが機能しない構造的課題」です。

個別施設の努力(職場環境改革、採用透明化)で部分的に対抗することは可能ですが、根本的には、政府の報酬改定、法的規制強化、社会的地位向上という、業界全体・国家レベルでの対応が必須です。

施設経営者は「自分たちで解決できる部分」と「政策待ちの部分」を明確に区別し、前者に注力しながら、同時に業界団体を通じた政策提言を行うことが、介護人手不足の「持続的な改善」につながる道です。

今月から、「職場の実態情報開示」「給与配分の見直し」「職場環境改革」を開始し、個別施設としてできる対策を実行してください。

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