介護職員の不足は、単一の原因ではなく、複数の要因が相互に影響し合う構造的問題です。給与が低い、労働環境が厳しい、社会的評価が低いという個別要因に加えて、これらの問題が相互に悪化を招く悪循環が形成されています。本記事では、介護の人手不足の6つの根本的理由と、なぜこれらの問題が改善されにくいのかという構造的側面を解説します。
介護職の人手不足が深刻化する背景
不足の規模から見る現状
介護業界では、2025年には約32万人の介護職員が不足すると予測されています。2023年7月の有効求人倍率は全職業平均1.15倍に対し、介護サービス職業従事者は3.88倍と、他職業の約3倍以上の人手不足の深刻さが数字で表れています。
この不足は採用活動の強化だけでは解決できません。理由は、介護職の人手不足が単なる「労働力不足」ではなく、職業選択の段階で候補から外されるという本質的な問題であるからです。
介護の人手不足を招く6つの原因
原因1:給与が全業種平均を下回る構造
介護職は全産業平均よりも低い水準の賃金が続いていることが、若い世代や新規就業者の離職の一因です。具体的には、介護職の年収は約381万円で、全業種平均458万円から77万円下回ります。
更に問題なのは、処遇改善加算で給与が上昇しても、他業種との格差が縮まらない点です。他業種も同時に給与を上げるため「相対的な格差」は改善されず、職業選択時の判断基準として機能し続けます。
原因2:労働環境の厳しさと身体的負担
介護従事者の中で「身体的負担が大きい」と回答した人の割合は29.8%で、特に入所型施設では44.8%が身体的負担に悩んでいます。
加えて、夜勤・早朝勤務による睡眠不足、腰痛やけが、精神的疲労が慢性化します。給与が低いのに肉体的負担が高いという「アンバランス」が、若年層の参入をはばむ最大の要因になっています。
原因3:職場の人間関係による離職
離職理由で「職場の人間関係に問題があったため」が20%を占め、「理念や運営のあり方に不満があったため」が17.8%で、待遇以外の要因が約4割を占めます。
小規模チームでの密な人間関係は、一度トラブルが起きると改善が困難になり、その職場の複数職員が同時離職するという連鎖的な問題を招きます。
原因4:社会的評価とネガティブイメージの定着
介護職は「きつい・汚い・危険(3K)」とみなされ、職業としての魅力が伝わりにくいという課題があります。
このイメージは統計と齟齬があります。実際には介護職の離職率は全業種平均と変わらないレベルに低下していますが、「イメージ先行」により新規参入者が減少し続けています。
原因5:採用競争の激化による人材の集約化
複数の事業所が限定的な求職者を奪い合う構図が形成されています。待遇改善できる大規模施設に人材が集中し、地方の小規模施設では人が集まらない二重構造が生じます。
採用コストも上昇し、求人広告費に月10〜50万円を費やしても応募がゼロという事態も発生しており、事業所間の経営格差がさらに拡大します。
原因6:女性労働力への依存と出産・育児との両立困難
介護職は女性が約80%を占めますが、出産や育児と両立しやすい職場環境が不十分です。結果として、女性が出産・育児を理由に離職し、そのまま業界に戻らない傾向が続きます。
潜在介護士(資格を持つが働いていない層)は約100万人に上るとも言われており、この層の復帰環境整備が遅れています。
改善が進まない構造的問題
「低給与→離職→人手不足→労働環境悪化→更なる低給与」の悪循環
給与を上げたくても、人手不足で採算が悪化すると改善資金を捻出できません。結果として給与は据え置かれ、離職はさらに加速するという悪循環が形成されます。
この悪循環を断つには、「給与改善」「労働環境改善」「人間関係改善」を同時に実行する必要がありますが、小規模事業所ではそれに必要な経営資源がなく、悪循環から抜け出せません。
「採用競争の激化→待遇改善競争→中小事業所の脱落」のメカニズム
大規模事業所が先制的に待遇改善を実施すると、限定的な求職者がそちらに流れます。その結果、中小事業所は待遇改善しても人が集まらず、やがて採用をあきらめます。
この二極化により、大規模施設は成長し、中小施設は廃業に至るという淘汰が加速しており、介護サービスの地域偏在が深刻化しています。
イメージ悪化による「参入者減→業界全体の疲弊→さらなるイメージ悪化」
メディアで「介護はきつい」が報道されるたびに、若年層の参入が減少します。参入者が減ると業界全体がさらに疲弊し、悪いニュースが増加する悪循環に陥ります。
この悪循環を断つには、ポジティブなイメージ発信が必須ですが、現場の過酷さが報道されている限り、説得力を持ちません。
事業所が人手不足の理由を理解すべき理由
原因ごとの対策の優先度が明確になる
例えば「給与が低い」が理由なら給与改善が優先ですが、「人間関係が悪い」が理由なら職場改善が優先です。根本原因を誤認すると、対策は効果を発揮しません。
自施設の離職者に「なぜ辞めたのか」を詳しくヒアリングすることで、優先度の高い対策が判定できます。
構造的問題への認識により現実的な目標設定が可能になる
人手不足が構造的問題であれば、「完全解決」は不可能です。その代わり「定着率の改善」「採用数の増加」という現実的目標に絞り込み、段階的に進めることが有効です。
不可能な目標を追求しては、モチベーション低下に陥ります。
よくある失敗パターンと対処法
失敗1:給与改善だけで人手不足が解決すると信じ込む
給与が離職理由の上位ではないため、給与を上げても3〜6ヶ月で離職が再開する事例が多い。
対処法:給与改善と同時に、人間関係改善(ハラスメント相談窓口設置)と労働環境改善(夜勤負担軽減)を並行実施。この3つの同時展開で初めて効果が現れます。
失敗2:業界全体の問題と自社の問題を混同する
「業界全体が人手不足だから、うちが人を集められないのは仕方ない」という諦めの思考。実際には、対応が早かった施設と遅れた施設の間に大きな差が生じています。
対処法:自社固有の離職理由を分析し、改善できる要因に注力。業界平均より待遇が悪ければ改善し、人間関係が悪ければ改善する。3年のスパンで段階的に進めることが鍵です。
失敗3:採用活動に注力して既存職員が疲弊する
新人教育に手間をかけ、既存職員の負担が増すと、教えた側が先に離職するという本末転倒が起こります。
対処法:新人受け入れ前に、指導体制の整備と既存職員への負荷軽減策を準備。1対1指導ではなく、チーム指導で負担分散を実現。新人採用よりも既存職員の定着を優先します。
よくある質問(FAQ)
Q1:小規模事業所では人手不足の原因分析は必要ですか?
A:むしろ小規模ほど重要です。職員5人の事業所で1人退職すれば、サービス提供に大きな影響が出ます。「なぜこの人が辞めたのか」を徹底的に掘り下げ、同じ理由での再離職を防ぐことが経営継続の鍵となります。
Q2:人間関係が離職理由となる場合、具体的にどう改善しますか?
A:相談窓口の設置、ハラスメント研修の実施、定期的なチームミーティングの開催が有効です。同時に、管理職のコミュニケーションスキル向上が不可欠です。改善には3ヶ月以上の継続期間が必要になります。
Q3:給与改善の予算がない場合、何から始めるべきですか?
A:労働環境改善から始めます。夜勤シフトの見直し、介護記録のデジタル化による業務時間削減、相談窓口設置など、経費がかからない改善が多くあります。これらで職員の満足度が上がり、定着が改善されます。
Q4:地方の過疎地で採用競争が厳しい場合はどうしますか?
A:広域採用(県外募集)、外国人材受け入れ、離職者の再雇用などの複合戦略が必須です。同じ地域の複数施設で人材確保の課題を共有し、合同研修や相互応援体制を構築することも有効です。
Q5:潜在介護士の復帰を促進するにはどうしますか?
A:短時間勤務制度の導入、育児と両立しやすいシフト体制の構築が重要です。また、ブランク期間がある職員向けの再就職研修を用意することで、心理的ハードルが下がります。
まとめ
介護の人手不足は「給与」「労働環境」「人間関係」「社会的評価」「採用競争」「女性労働力の両立困難」という6つの原因が相互に影響し合い、改善が困難な構造的問題になっています。
各事業所が人手不足の真の理由を理解することで、優先度の高い対策が明確になり、限定的な経営資源を有効活用できます。業界全体の問題と自社固有の問題を区別し、改善可能な要因から段階的に進めることが、人手不足克服への現実的な道筋となります。

