2026年度には約240万人の介護職員が必要とされますが、2022年度の職員数215万人から約25万人が不足すると厚生労働省が推計しています。これは単なる統計ではなく、各事業所の運営課題に直結する現実です。本記事では、事業所が自社の人手不足状況をデータで正確に把握し、効果的な対策につなげる方法を解説します。
介護業界における人手不足の実態とデータ
なぜデータ把握が重要なのか
介護業界の人手不足は「全体的な傾向」と「事業所個別の課題」の二層構造を持ちます。国全体では職員不足が指摘されていても、地域・業種・規模によって状況は大きく異なります。データ分析なしに対策を立てると、的外れな施策に時間と資源を無駄にしてしまいます。
全職業の有効求人倍率が1.15倍(2023年)に対し、介護職は3.88倍と極めて高い水準が続いています。この数字は、1人の求職者をおよそ4社が奪い合う状況を意味します。このような厳しい採用環境では、自社の人材獲得戦略をデータに基づいて立案することが必須です。
事業所が把握すべき基礎的データ
事業所が確認すべき人手不足関連のデータには、以下のものが挙げられます。
まず、現在の職員数と業務必要数の乖離を把握することです。介護保険給付対象施設に従事する職員は約212.6万人(2023年度)であり、要介護認定者は約705万人です。この比率から、自社の職員配置が適切であるか判定できます。
次に、業種別・地域別の有効求人倍率を監視する必要があります。都市部では4倍以上、地方では2.5倍前後と地域差が大きく、採用戦略に影響します。
さらに、職員の離職率・定着率の推移を追跡します。介護職の離職理由は「職場の人間関係」(23.2%)が最多であり、給与以外の環境改善も重要です。
人手不足が事業所にもたらす影響
サービス品質への直接的な影響
職員不足時に起こりやすい問題は、残存職員への業務負担増加です。1施設あたりの平均職員数が減少すると、介護の質が低下します。要介護高齢者1人当たりの職員数が減少すれば、見守り業務の時間短縮やミスの増加につながります。
2025年問題による要介護者急増の際に、必要な職員数を確保できなければ「介護難民」が発生する懸念があります。現在、特別養護老人ホームだけで29.2万人の入所待機者がいるとされており、職員不足がこの数字をさらに増加させる可能性があります。
経営面での課題
人手不足による施設の休廃業事例が増えています。2024年における老人福祉・介護事業全体の倒産・休廃業件数は過去最多の784件でした。特に訪問介護では人材確保が困難なため、業態によって危機的状況が生じています。
職員不足で採算が悪化すると、待遇改善費を捻出できず、さらに離職が加速する悪循環に陥ります。このため、早期のデータ分析と対策が経営継続の鍵となります。
事業所が実施すべきデータ分析の5ステップ
ステップ1:自社の職員データを整理する(1〜2時間)
最初に、現在の職員構成を把握します。正職員・非常勤・パート別の人数、職種別(生活支援員・管理職など)の配置、年齢構成、勤続年数を一覧化します。特に50代以上の職員割合が増えていないか確認してください。2018年時点で介護職員の21.6%が60歳以上となっており、高齢化は業務負荷や教育体制に影響します。
簡単な表計算ソフトを使い、所属別・年齢層別に職員を分類します。この時点では複雑な分析は不要で、「誰が、いつまで働きそうか」を把握することが目的です。
ステップ2:必要職員数の基準値を確認する(30分)
介護保険制度では、サービスの種類ごとに職員配置基準が定められています。例えば、施設によっては利用者3名に対して職員1名の配置が義務付けられています。自社のサービス形態に応じた基準を確認し、「本来必要な職員数」を算出してください。
厚生労働省の資料やサービス提供地域の介護保険事業計画から、地域全体での職員不足見込み数も確認します。地域が+6万人の増加を目指しているのに、自社が対応できる数値を理解することで、採用目標の現実性が判定できます。
ステップ3:現在と必要のギャップを数値化する(1時間)
現在職員数と必要職員数の差を計算します。不足数が10名であれば、向こう1年で10名の採用・育成が必要です。この数値から、「毎月何名の採用が必要か」「現在の求人活動でそれが達成可能か」を逆算します。
同時に、職員の退職予定を加味します。3年勤続の職員が退職予定なら、補充採用が必要です。例えば、現在100名の職員で、毎年3名が自然退職し、不足数が5名なら、合計8名の年間採用目標が設定されます。
ステップ4:離職理由と採用困難の原因を分析する(2時間)
退職職員にアンケートを実施し、離職理由を集計します。「人間関係」「賃金」「労働時間」「将来性」など、複数選択可能な形式が有効です。同じ理由が3件以上出れば、改善の優先順位が明確になります。
採用面では、「求人を出してから採用決定まで何日要したか」「応募者数は毎月何人か」といった採用プロセスデータも重要です。業界平均より遅い、または応募が少ないなら、求人票の改善や採用チャネルの多様化が必要です。
ステップ5:対策と評価指標を決定する(1.5時間)
ステップ3〜4の分析結果から、優先順位の高い対策を決めます。給与改善か、職場環境改善か、採用活動の強化か——目安は以下のとおりです。
離職理由が人間関係・労働環境が多い場合:マネジメント改善、シフト見直しなど環境改善を優先します。
採用が極端に困難な場合:求人表現の工夫、外国人材受け入れ体制の整備など、母数拡大を優先します。
給与が地域平均より著しく低い場合:処遇改善加算の活用、昇給ルール明確化などを急ぎます。
対策ごとに評価指標を設定し、3ヶ月ごとに進捗を確認します。例えば「採用強化」を選んだなら、月単位での応募数増加率を追跡します。
データ分析よくある失敗と対処法
失敗1:データを集めるだけで終わる
多くの事業所は、職員数や離職率を把握したとき「分析完了」と誤認識します。実際には、データの解釈と行動が重要です。例えば「離職率が15%」という数字だけでは不十分で、「なぜその15%に達したのか」「改善でどこまで下げられるのか」を掘り下げる必要があります。
対処法:データ分析と同時に、対策案と期待効果を書き出し、実行期限を決める。PDCAサイクルを回すことで、データが施策に転換されます。
失敗2:業界平均と比較して一喜一憂する
「業界平均の離職率は16%だから、わが施設の18%は悪い」という判断だけでは不十分です。自社のサービス形態、職員層、給与体系により、比較対象が異なる場合があります。
対処法:過去3年の自社の離職率推移を追跡し、自社の改善傾向を見ます。同時に、同規模同業種の事業所の比較対象を複数見つけ、業界内での相対位置を把握します。
失敗3:給与だけが人手不足の原因と信じ込む
給与は重要ですが、絶対的な原因ではありません。給与を10%上げても、人間関係が悪ければ離職は続きます。介護職の離職理由は「職場の人間関係」が23.2%で最多であることから、環境改善を見落とすと効果は限定的です。
対処法:複数の離職理由を同時に分析し、「給与・労働時間・人間関係」の3つの改善を並行実施することで、効果が高まります。
よくある質問(FAQ)
Q1:小規模事業所(職員10名未満)でもデータ分析は必要ですか?
A:必要です。むしろ小規模ほど職員1人の影響が大きいため、離職防止が急務です。職員数が少ないからこそ、「誰が、いつ、なぜ辞めたのか」を正確に把握し、対策を打つことが生き残りに直結します。
Q2:人事管理システムを導入していない場合、どうデータを集めたらいいですか?
A:表計算ソフトで十分です。職員名簿、勤続年数、賃金、離職者リストなどを一つのシートにまとめることから始めてください。その後、必要に応じて業務効率化ツールを導入しても遅くありません。
Q3:有効求人倍率が高くても、自社の求人応募が少ないのはなぜですか?
A:求人媒体の選択、募集要項の魅力度、応募後の対応スピードなど、複数の要因が考えられます。求人を出してから初応募までの日数、応募者へのリアクション時間などを記録し、改善箇所を特定してください。
Q4:数年前のデータと比較して分析する意味はありますか?
A:大きな意味があります。3年間の離職率推移を見れば、自社の環境改善が機能しているかが判定できます。短期的な変動ではなく、トレンドを把握することが重要です。
Q5:地方の過疎地では人手不足が解決不可能では?
A:困難ですが、打つ手がないわけではありません。給与補助制度の活用、遠方からの採用(生活支援)、外国人材受け入れなど、自社の経営方針に合わせた複合的な対策でカバー可能です。データに基づいて、最適な戦略を選択することが重要です。
まとめ
介護業界の人手不足は、マクロな統計値だけでなく、各事業所の具体的なデータ分析から見えてきます。2026年度の約25万人の全国的な不足は、すべての事業所に人材確保の責任をもたらします。
本記事で紹介した5ステップのデータ分析を実施することで、自社の人手不足の「本当の原因」と「実効的な対策」が明確になります。完璧を目指さず、まずは現在の職員構成と離職理由を整理することから始めてください。
データに基づいた意思決定は、限られた経営資源の最適配分につながり、職員定着率の向上と質の高い介護サービス提供を実現します。立ち上がれば、人手不足という課題も確実に前に進みます。

